第2話 S級クリーナー ミヤコ・ナナオ
「それじゃ、牛鬼さん。今回もよろしくお願いね」
「うむ。
そぉれ、ほぉれ。と、蜘蛛の身体に鬼のような顔と角を持った妖怪【牛鬼】さんが、ダンジョンの2階層目の床に、大きな爪を生やした脚でいくつもの大穴を開けて行く。
妖怪牛鬼は、日本人なら知っている人も多いと思う。
見上げるほど大きな蜘蛛の身体は立派で、まるでダンプカーみたい。
鋭く尖った鬼の爪の生えた脚は太くて関節までも逞しい。
大きく避けた口から映える牙は鋭利な上に太くて、私みたいなチビヒョロな人間なんてひと噛みでバラバラになってしまいそう。
けど、そんな見た目も力も恐ろしい妖怪であっても、味方となれば恐ろしさなんて全然感じない。
それどころか、とても恰好良くて頼り甲斐がある。
「さすが牛鬼さん! いつ見ても力強い! カッコイイ!」
「はっはっはっ! 働きを主に褒められるのは実に気分がいい! ますます気合が入るわいっ」
ズドンッ! ズドンッ! と、その大き過ぎる蜘蛛型の脚と爪が床に振り下ろされるたび、ダンジョン2階層目の床には穴が空き、足場がどんどん減っていく。
「主はしばらく隅に寄っておれ」
「ありがとう、そうさせてもらうね」
牛鬼さんの言葉に素直に従って、私は真っ青な毛を生やした大きな蜘蛛の【ゼノくん】に乗ったまま、ダンジョン2階層目の壁の端に身を寄せた。
ダンジョン・クリーニングとは、ダンジョンから大量の魔獣が溢れ出ないように魔獣を間引いたり、人が入らない野良のダンジョンを壊したり、潰したりするのが主な仕事内容。
今回の仕事は、人が入りづらい山間の絶壁に出来てしまった野良ダンジョンを壊すこと。
ダンジョンを壊すだけなら、最下層にあるダンジョン・コアを壊すだけでいいんだけれど、今回みたいにスタンピードを起こす寸前で、魔獣が溢れている階層があった時、私はこうして階層を可能な限り壊しながら下に降りて行くようにしてる。
これはあくまで私個人の仮説なんだけど、ダンジョンって階層が壊れると何よりも先に階層の修復を優先する作りになってる、そう推測してる。
クリーナーを長くやっててここ2,3年で気付いたと言うか、まだまだ感覚の域を出ていないんだけど、多分そうなじゃないかなぁって。
と、言うのも。
ダンジョンのクリーナー冒険者を続けている内に、スタンピードを起こしたダンジョンに当たる機会もそれなりにあって、ダンジョンの内部から溢れる魔獣があまりにも多かった時なんかは、強力な力を持った召喚獣たちを召喚するんだけど、彼ら彼女らが張り切りすぎて、ダンジョンの壁や床や天井に大穴を空ける事も少なくなかった。
そんなふうにダンジョンが傷つくと、魔獣の発生が止まっているように私には見えたんだよね。
なので私の場合、スタンピードを起こしそうなクリーニングでは、こういう感じで階層を破壊しながら下に降りる事が多い。
「ゼノくん、もしも足場が崩れて3階層目に落ちちゃったりしたら私を君の糸でくるんで助けてね?」
「チチチチチチチチ」
「ふふっ、ありがとう。頼りにしてるよ」
他の人が聞けば、ゼノくんの「チチチ」と言う鳴き声は魔獣の鳴き声にしか聞こえないだろうけど、ゼノくんの主である私には彼がしっかりと「わかったよ」と返事をしてくれたのが伝わってくる。
私が乗っているのは大型の蜘蛛の魔獣で【オズ・カネラ】と言う猛毒を持った
地球でも見たことがあるタランチュラによく似た色と模様の蜘蛛だけれど、オズ・カネラの大きさは軽自動車並。
そんな大型の蜘蛛魔獣の頭の上に乗りながら、私はうっとりとした表情を浮かべて柔らかい毛の生えたゼノくんの頭を撫で回す。
「はぁ~~…、幸せ…。こんな可愛い子と一緒に暮らせる毎日を過ごせるなんて…」
むふぅと、満足げなため息を零しながら、ゼノくんの頭に突っ伏してすりすりと頬ずりするのを止められない…。
「これこれ主よ。魔獣にばかりかまけてないで、儂ら妖怪にもかまってくれや」
「もちろん! 奇蟲大好きな私だけど、妖怪のみんなのことも大好きだよ! 牛鬼さんはダンジョン・クリーニングの仕事には欠かせない大事な存在だしね」
「うむ! うむ! 良き答えだ!」
「クリーニングが終わったら、うんと魔力を込めた【魔力球】を用意するね」
「はっはっはっ! 良き! 良き!」
ご機嫌な様子でドシンっ! ドシンっ! と6本の脚を振り下ろす牛鬼さん。
そんな牛鬼さんの様子を見ながらゼノくんも脚をトン、トン、と振り下ろして真似をし始める。
2体の召喚獣の様子の可愛らしさに、私は口元がニヤけてしまって仕方なかった。
今思えば不運な事故…。
いや、私にとってそれは、幸運な事故だった。
わたしこと、
何の前触れもなく、本当に突然。
どのくらい突然かと言うと、何気ない平日のある日のこと、いつもの通り朝10時に会社に出社して、午前中に届いた業務メールや顧客からのメールを整理したり返信を書いていた途中だった。
ふっ…と、意識が遠くなってそのまま死んでしまった……らしい。
らしいと言うのも、私自身がその死と言うものをまったく実感していなくて、後から私を殺したと自白した冥界の神様の一柱、ゼノラウス様がそう説明してくれた。
ゼノラウス様曰く、日々の冥界での業務が忙しすぎてうっかり殺す予定のなかった私を殺したって言ってた。
うっかりで殺されたのかぁ…と、神様相手に畏れ多いかもしれないけど、ちょっと呆れてしまった。
けど、神様も完璧って訳じゃないんだなぁと、なんだか親近感? 的な、なんていうか人間味みたいなものを感じた。
それにゼノラウス様は私をうっかり殺してしまった事に真摯に向き合い、謝罪してくれた。
「だからこそ、今の私が居るんだよね……」
「うん? 主、なにか言ったか?」
「ごめん、ひとりごと。こうしてクリーナー冒険者としてやって行けてる私が居るのって、冥界神ゼノラウス様とこの世界の創造神ユートラオザ様のおかげだなぁって」
「然り、然り。高位の神々のおかげで、儂ら妖怪も主と共にあるのだ」
うんうんと頷く牛鬼さんに合わせて私もうんうんと頷いてしまう。
そうなのだ。
私のこの素晴らしすぎるセカンドライフは、神様たちの誠意のこもった謝罪の上に成り立ってる。
だから私は思い立ってしまうとすぐに祈ってしまう。
「ゼノラウス様、ユートラオザ様、私は今とても幸せに異世界でのセカンドライフを過ごしています。【サモナー】と言う(素晴らし過ぎる)スキルと、(とんでもねぇ)加護を与えてくださり、ありがとうございます…!」
野良ダンジョン2階層目の洞窟の天井を見上げながら両手を合わせて何処に居るか分からない神々に向かって心からの感謝の祈りを捧げる。
この世界の何処に、あるいはどの次元に居るのかは分からないが、ゼノラウス様もユートラオザ様も、私のことを見守っていてくれることを私は知っている。
そう、あの幸運な事故に合ったおかげで私は神様たちの存在を知り、素晴らしすぎるスキルととんでもねぇ加護をいただいて異世界に転移することが出来たんだから。
ただ、見た目を日本人だった時のままにしてもらったのは失敗だったかなぁ……。
もう少しこの世界の人族、人間に近い見目にしてもらえば良かったかも…。
この世界やスキルに慣れるために、28歳からの再スタートじゃなく18歳に若返りさせてもらえたのはありがたかったんだけど、私の日本人のこの顔って、こっちの世界じゃ若く見えすぎる上に、歳を取ってもなかなか見た目が変わらないように見えるらしい…。
そのせいで、こっちの世界に転移して10年も経っているのに、未だに私を未成年扱いするバカやアホが居るし、ギルドの職員の中にも10年冒険者やってる私のS級のランクを疑う人まで出てくる。
それが原因で、活動拠点になってるウェンディスタ領を離れにくくなってもいる。
冒険者を始めたウィークの街のギルド職員たちとはもう10年の付き合いになるから私の年齢をからかったり疑ったりするような人たちは居ない。
結果、面倒事が嫌いな私は冒険者を始めたウィークの街やウェンディスタ領以外で活動する事が嫌になってしまった。
「せっかく奇蟲たちと暮らせる素晴らしいスキルをもらったって言うのに、なかなか新しい奇蟲と出会って召喚獣にする機会に恵まれないんだよねぇ……」
うっかり殺されてしまった謝罪として、創造神ユートラオザ様から頂いた【
これはこの世界の魔獣を召喚して使役できるスキル。
ただし、召喚できるのは実際に出会ってその目で見た魔獣に限られるって言う制限がある。
「冒険者になった後は、たくさんの奇蟲との出会いを目論んでたんだけどねぇ」
「チチチチ?」
「うん。ゼノくんと出会ったみたいにね、世界中を旅してサソリとかムカデとか、ゴキブリとかこの世界の奇蟲を中心に、たくさんの蟲魔獣を私の召喚獣にしたいんだ」
だと言うのに、なかなかウェンディスタ領以外の領地を訪れる気になれない。
「主よ、妖怪の中には人の見目を変えられる能力を持った奴もおるぞ? 見目を変えたいのなら其奴に頼んではどうだ?」
「ううん。それはダメ。見た目が大きく変わっちゃうと、私自身の存在が怪しまれちゃうもん。他人が私の名前でギルドの案件をこなしてるって、変な疑いがかかっちゃうでしょ?」
「たしかに、それもそうか。すまんな、儂に何か主の役に立つことでも思い浮かべばなぁ」
「わたしは牛鬼さんのその気持だけで十分だよ。この世界に転移してからずっと、妖怪のみんなには励まされてるし、助けてもらってばかりだよ」
【妖怪】たちは、本来この世界には存在しない存在。
サモナーとしてユートラオザ様の世界に転移するとなった時、スキルで呼び出せる魔獣が一つもなかった私にゼノラウス様が【冥界神の加護】を与えてくれて、その恩恵で私の知識の中にある妖怪たちを冥界から召喚できるようにしてくれた。
まさにチート。
異世界に異世界の物混ぜていいの? って正直思ったけど、妖怪たちはそもそも実態も存在も曖昧な現象のようなものだと言われた。
形はあるが本来は現し世に存在しない妖怪たちが世界に与える影響はとても小さいものだから問題はないそうだ。
むしろ、地球に存在する動物たちや虫たちを召喚できるようにするほうが大問題だそうだ。
実態のある異世界の生物をこちらの世界に大量発生させたりしたら、生態系を崩す可能性があるんだとか。
いくら奇蟲大好きの私でも、地球から大量のゴキブリをこっちの世界に召喚するような真似はしないけど、仮にそんなことをしてこの世界の虫の生態系を壊しちゃったりしたら死んで詫びても足りなくなってしまう。
蜘蛛魔獣のゼノくんのようなカッコ良くて美しい蟲たちの生態系を壊すことを私は望んでない。
それに、妖怪たちを召喚できるようにしてもらえて良かったって、転移をした直後にそう思えた。
右も左も分からない異世界で、妖怪たちは私を危険な魔獣や盗賊からいつも守ってくれたし、常にわたしのことを【
不安な時や地球や日本のことを思い出して寂しくなったら側で寄り添ってくれた。
「わたしって幸せ者だなぁ」
この世界に転移して10年が経つけど、転移してからのこの10年、いつもいつも心の底からそう感じてる。
よし、この仕事が終わったら1日お休みにして教会に行こう。
ユートラオザ様とゼノラウス様に感謝の気持ちを伝えに行こう。
「主よ、こんなもんでどうだ? そろそろ儂の足場もなくなる」
「うん! 十分だよ! ありがとう牛鬼さん」
「うむ、では次の階層へ降りるか」
そう言って、牛鬼さんはスタンピードを起こしそうなほど魔獣が溢れている3階層目に落ちて行った。
ズドォン…! と言う大きな音を立てて3階層目に牛鬼さんが落ちれば、床を埋めていた魔獣たちが牛鬼さんの重みでぐちゃぐちゃに潰されて、赤や紫、緑の体液を撒き散らして絶命してる。
「ゼノくん、わたしたちも降りるよ。好きなだけ暴れて魔獣をお掃除していいからね」
「チチチチチチチチ」
ゼノくんからご機嫌な鳴き声が上がると、お尻から糸を出しながら3階層目に落ちて行く。
私は落下するゼノくんの頭の上で新しい召喚獣を呼び出す。
サモン・モンスター!『キラー・ビー』
サモン・デーモン!『
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