ゲテモノ召喚士と呼ばれますが私は幸せです!

@tendon24

プロローグ

第1話 ダンジョン・クリーナー

人が入りにくい山間やまあい

足元に断崖絶壁が広がる細い道の壁に小さな洞窟の穴が空いていた。


入口は人が一人入れるほどの大きさしかないが、中に入ってみれば、広々とした洞窟と、奥には地下に続いている階段が見える。


「これが【ダンジョン】ですか…。ボク初めて来ました」

「あぁ、そうか。君ギルド職員になってまだ半年だったな」

「あ、はい。ダンジョンについての座学研修が終わったので実地に回されてきました」


少年の域から抜け出し青年へと成長しかけている見た目がまだまだ若い冒険者ギルド職員の言葉に、【ダンジョン・クリーニング】に慣れた壮年のギルド職員は「そうか」と頷いた。


【ウェンディスタ公爵領】のこうした山間には【野良ダンジョン】がたまに出没する。

だから冒険者ギルドからの【公式依頼】として定期的に冒険者たちに【野良ダンジョン】を探させ、必要であればダンジョンの掃除や破壊を【クリーナー】と呼ばれる冒険者に依頼する。


「もともとウェンディスタ領には大小合わせてダンジョンが5つあるのは知ってるか?」

「はい、【ウィークの街】への派遣が決まった時に予めウェンディスタ領とダンジョンのある5つの街について予習してきました」

「そうか。なら、ウィークうちの街の冒険者クリーナーについても知ってるか」

「はい、一応……。けど、あんながそのクリーナーの【ミヤコさん】だとは思ってもいませんでしたが……」


そう言って、ダンジョンの地下へ降りる階段の手前で屈伸運動を繰り返す黒髪の少女を見て、若いギルド職員は不安げに眉を寄せた。


見た目はどう見ても成人したばかりの幼さの残る少女。

年は15歳か16歳くらい。


真っ黒な髪は肩のあたりで切り揃えられ、髪と同じ黒い瞳が特徴的だった。

若いギルド職員は、あのように真っ黒な髪と瞳を持つ人族を見たのは初めてだった。

獣人族と呼ばれる種族の中には、全身を覆う体毛が黒い熊や豹などを見たことはあったが、人族であの色はとても珍しいと感じていた。


そんな珍しさもあり、初めて目にする【クリーナー】と呼ばれる冒険者から目が離せなくなっていた。


「……あのな、勘違いしてるようだから先に言っておくが」

「え? なんですか?」


壮年の職員が、若い職員の視線を遮るように回り込み、声のボリュームを落として忠告した。


「彼女はあぁ見えて、今年で28歳だ」

「………………え…?」

「ミヤコ・ナナオ、28歳。ウィークの街を拠点に活動する凄腕、【S級】のクリーナーだ」

「えぇっ!?!?」


思わず大きな声が出てしまい、慌てて両手で口を塞ぐ。

洞窟の中なので、声が反響してしまい殊更大きな音が響いてしまっていた。


同じ洞窟内でダンジョンのクリーニング作業に参加していた他のギルド職員はもちろん、クリーナーのミヤコも首を傾げてこちらを見ていた。


「すまんすまん、ちょっと若いのを驚かせちゃったみたいで、何でもないから気にしないでくれ」


壮年の職員がそう言えば、みな二人に興味を無くしたように持ち場に戻っていく。


若い職員は今聞いた話が信じられないと言う顔で、壮年の職員と奥に居るクリーナーのミヤコを交互に見た。


「……あ、あの子、…じゃない、えっと、ミヤコさんが、に、28…?」

「あぁ。本人は実年齢と見た目が合わない事をかなり気にしてるから気をつけたほうがいい。間違えても年下扱いなんてするなよ?」

「……あの見た目でボクより年上…。しかも、S級の冒険者…?」

「……ちなみに、怒らせたら洒落にならないくらい怖い人だから気をつけるんだぞ?

 見た目で判断して酷い目に合った冒険者は数え切れないないほどだからな」

「は、はい……」


そんな会話を交わしたところで、洞窟の奥の方でも動きがあった。

どうやらクリーニングが始まるらしい。


「では、ミヤコさん。今回もお願いします。此処を発見したB級冒険者パーティの話では、発見した当初で3階層目まで魔獣で溢れていたそうです。

 もういつ【スタンピード】起きてもおかしくない状態だと報告を受けています」

「了解です。クリーニング後は【ダンジョン・コア】を壊して、このダンジョンは【潰す】んですよね?」

「はい、その流れでお願いします。ギルドではこの野良ダンジョンは5~7階層程度の若いダンジョンと推測していますが、7階層以上深くても立地の関係上この辺りに職員を派遣してダンジョンを管理するのは難しいので、階層の深さに関係なく【破壊】でお願いします」

「了解です。

 あっ、いつも通りと思うので、私が作業中はね?」

「はい。ので、しておきます」


おかしな会話だな…と、若い職員は思ったが、ミヤコは「それじゃ行ってきますね」とにこやかに笑って階段を駆け下りて行った。


「あの、先輩。さっきの会話ってどういう意味ですか? ダンジョンが揺れるから中に避難しておけって、そう言ってましたよね?」

「あぁ、それはな、…っと、もう始まったか」

「……ダンジョンが揺れてますね」


ドシン…、ドシン……と、ダンジョンの1階層目にあたるこの洞窟が小さく揺れ始めた。

パラパラと、洞窟の天井から細かな砂や小さな石が落ちてくる。


「いつもの事ながら豪快だなぁ…」


壮年の職員が苦笑交じりにそう言えば、洞窟内に残る職員たちも同じように笑っていた。


「2階層目からさっそく床をぶち抜いてダンジョンを壊してるんだろうな」

「ミヤコさんの予想じゃ『ダンジョンが壊れたらダンジョン・コアは魔獣の生産を止めてダンジョンの修復に力を回す』って言ってたけど、俺もそう思うようになったわ」

「俺も。彼女のクリーニングに付き合ってたら実際そうなんだろうなって実感沸くって言うかさ」

「同感。検証した訳じゃないけど、実感してる」


4人の職員が苦笑交じりにそんな話をしている。

そして、壮年の職員は若い職員に向かって苦笑いを浮かべながら言う。


「まぁ、ミヤコさんは【破壊しろ】って言われたら徹底的に壊すから」

「はぁ…、壊す…ですか」


このウィークの街でギルド職員を続けていれば自ずと理解するだろうと壮年の職員は教えてくれた。


「ダンジョン・クリーニングをしているクリーナー冒険者は他にも居るんだが、彼女はクリーニングを専門にしてる冒険者でウィークの街に住み着いてるS級なんだ」

「なるほど、クリーニング専門のS級ですか」

「あぁ。クリーニングするダンジョンが無い時期は魔獣の討伐依頼なんかも受けたりしているが、ほぼクリーニング専門って感じだ。ウェンディスタ領全域の野良ダンジョン潰しや、今回みたいにスタンピード寸前のダンジョンのクリーニングなんかをメインに活動してる」

「へぇ…、ウェンディスタ領全域ってかなりの広範囲ですよね。ダンジョンがある大きな街が5つもある領ですし」

「もちろん、彼女一人でウェンディスタ領全部の野良ダンジョンを潰しまわってる訳じゃないぞ? 他にもクリーナー冒険者は居るんだ。彼女は他がカバーできない場所を回ってクリーニングしてくれるんだよ」


あぁ、なるほど。と、若い職員にもピンッと来た。


「つまり、今回みたいな断崖絶壁の危険な場所にあるダンジョンとか、放置され過ぎてスタンピード起こしそうな危険なダンジョンを主に担当するのがS級の彼女と、そういう事ですね」

「そうそう、そういうこと」

「へぇ…、すごい人なんですね」


見た目によらずとは口には出さず、ミヤコが消えて行った階段の方を見つめる。


会話の最中もドシン…、ドシン…と、ダンジョン1階層目の洞窟内では振動が響き、継続的な揺れが続いていた。


かなりの揺れが続いている訳だが、職員たちはみな何でもないような事だと言う顔をしてそれぞれの仕事を続けている。


ある職員は通信の魔道具でウィークの街のギルドに連絡を入れ、ある職員はこのダンジョンの事前調査資料を確認し、ある職員は…やることが無いのかぼーっと洞窟の中から外の景色を眺めている。


「俺達もしばらくは待機だ」

「あ、はい」


壮年の職員にそう言われ、若い職員は反射で返事をしてしまったが、今のところ特にやる事はないらしい。


「クリーニングが終わるまで、同行のギルド職員は待機。場所によってはこの間にダンジョン周辺の様子を調査したりもするけど、今回は場所が断崖絶壁の上のダンジョンだからそう言った仕事はなしさ」

「なるほど」

「それと、ミヤコさんのクリーニング作業に同行する時に限っての話になるんだが、クリーニング対象のダンジョンが【破壊】の時は、必ず彼女の指示に従うこと。彼女がダンジョン内で待機と言ったら絶対にダンジョンの外に出ないこと」

「えっと…、はい。……分かりました」


今まで苦笑いを浮かべながら話をしていた職員が真剣な表情でそう言ってくるので思わず頷いてしまった。

先輩職員からの助言と言うこともあって頷く以外の選択肢はなかったわけだが。


「彼女が外に出るなと言うのにはちゃんと理由があるんだけど、その話をする前にちょっとその辺りに座ろうか…」

「?? はい」

「……すまない、ちょっと揺れが続きすぎて気持ちが…」

「あっ、揺れに酔ったんですね!? す、座りましょう先輩!」


洞窟内の揺れに酔ってしまい顔色が悪くなった職員に手を貸して二人で洞窟の壁際に座り込んだ。

よく見れば、先程から外の景色を眺めていた職員も、洞窟の揺れに酔っていたらしく、顔色を悪くして地面にへたり込んでいた。


冒険者ギルド職員としてウィークの街に派遣されて初めて体験するダンジョン・クリーニングは、なかなか壮絶な物かもしれないと、若い職員は先輩職員を介抱しながら少し不安になっていた。

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