ハルポン3、 オリビアさん、柔らかいのがぶつかるですけど!
――放課後。
「市川君、一緒に帰ろう」
「う、うん……オリビアさん」
その一言が、教室の空気を一瞬で変えた。
オリビアさんの声に反応したクラスメイトたちが、まるで合図でもあったかのように一斉にこちらへ視線を向ける。
それぞれの顔には「何で市川君とオリビアさんが?」「似合わなすぎ」「ちきしょう、市川のやつどうやってオリビアさんを?」「許すまじ」など、好き勝手な字幕が浮かんで見える。
……言われなくても、わかってる。
教室を出て廊下を歩いても、今度は他クラスの生徒たちが同じような目を向けてくる。
視線の種類が変わらないあたり、俺の立ち位置はどこでも同じらしい。
でも仕方ない。
俺は悲しき陰キャで、オリビアさんは先日学園に現れたニューヒロイン。
どう考えても釣り合わない。
むしろ、並んで歩いているだけで申し訳なくなるレベルだ。
しかも、良くないことがある。
……オリビアさんが近い。
手を繋いでいるわけでも、肩を組んでいるわけでもない。
ただ、歩幅を合わせてくれているせいか、距離がやたら近い。
そのせいで、さっきから柔らかいパーツが何度か俺の腕に触れた。
二の腕ならまだいい。
だが、歩調に合わせてわずかに揺れるたわわがぶつかったような気がして、心臓が無駄に忙しい。
さらに、着崩した制服の隙間から女の子特有の花のような甘い香りがふわりと漂ってくる。
意識した瞬間、頭がくらくらしてきた。
って……余計なことを考えるな。
この関係は、オリビアさんの歓迎会が終わるまでの期間限定イベントだ。
「どうかした市川君?」
オリビアさんが、くったくのない笑顔で覗き込んでくる。
身長はおそらく一七〇弱。
一七二センチの俺よりほんの少し低いはずなのに、目線の高さはほぼ同じ。
距離が近いせいで、余計にそう感じる。
「何でもないよ、オリビアさん」
「困っていることがあるなら、いつでも相談に乗るよ?」
「特にないよ」
「ならいいけど……渋い顔してたように見えたから」
小首をかしげ、きょとんとした表情で俺を見る。
――オリビアさんがあまりに俺と釣り合わないから。
そんな卑屈なこと、言えるわけがない。
「昼に食べたカリブ風カニみそクリームパンが微妙で、まだ口の中に味が残ってるせいかも」
「うそっ? 市川君、アレを食べたの?」
カリブ風カニみそクリームパンは我が校購買部の名物パンだ。
ただし、名物といっても微妙な味と一個五百円という強気な価格設定のせいで、いつも売れ残っている。
……オリビアさんも知ってたか。
さすがカリブ風カニみそクリームパン。知名度だけは高い。
「四時間目終了後の購買ダッシュで出遅れたら、あれしか残ってなかった」
「そうなんだ……今度食べてみようかな。ちょっと気になってるんだよね」
「マズくはないけど、食べるのに勇気はいるかも」
「え? どういうこと?」
「カニみそ風クリームが緑色というか……あまり見たことがない不思議な色をしてる」
「へぇ……さて、今日もカラオケ練習頑張ろう!」
「頑張るのはオリビアさんだけどね」
「むぅ……そうだけどさ、今日は市川君の歌声も聞かせてよ」
「俺はいいよ」
「だーめ。わたしが一人で歌ってたら疲れちゃうよ。それに……」
「それに?」
「ううん、なんでもない。それより、どれくらいで着く? 市川君の言ってたカラオケ」
「うん、あと十分くらいかな」
オリビアさんは今日も新宿のカラオケに行こうとしていた。
チェーン店だから特別高いわけではないけど、探せばもっと安いところはある。
高校生の資金力なんてたかが知れてる。
だから、できるだけ安いところの方がいい。
「私の家のそばみたい」
「オリビアさんはこの辺に住んでるんだ」
今は
経堂に安いカラオケがあるのは、中学の時に一度行ったことがあるから知っていた。
「うん。市川君は?」
「俺、東松原」
「ごめん、聞いてもわからない」
「下北沢のちょっと横だと思ってくれれば」
「下北も行ったことがない……ねぇ、今度連れてってよ?」
「いいけど、真鍋さんたちと行けば?」
真鍋さんこと真鍋梨花は、オリビアさんが所属するクラスカースト最上位グループの中心人物だ。陰キャの俺とは縁遠い世界の住人で、基本的に関わることはない。
「梨花たちと行くと、割と気を使うからさぁ。市川君だと気楽だし」
「俺にも少しは気を使って」
「やーだ」
「なんでだよう……」
――この後、天候が急転し、傘を持たない俺たちはずぶ濡れになる。
そして、恐ろしいイベントが発生することを、この時の俺はまだ知らない……。
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