ハルポン2、 オリビアさん、見た目は完璧なんですけど!


「オリビア・ハルカ・パーカーです。今日からよろしくお願いします。オリビアって呼んでください」


 エキゾチックな褐色のハーフ美少女が転校してきたのは、6月最初の月曜日だった。


 高校に入ってまだ三ヶ月。ようやくクラスの空気に慣れてきた頃に、いきなり転校生。しかも、父親は元メジャーリーガーで、今は都内の実業団チームのコーチ。 出身はロサンゼルス。日本語ペラペラ。見た目はモデル級。


 そりゃもう、クラス中がざわついた。


 で、気づけばカースト最上位。

 オリビアさんの転校生デビューは、完璧に見えた。


 ……見えた、だけだった。


「はぁ……緑茶が沁みるぅううう」


「そう?」


 1時間近く歌い続けて、ようやく休憩。

 オリビアさんはソファに沈みながら、伊右衛門茶をちびちび飲んでいる。


「アメリカ人ってだけで幻想抱きすぎなんだよ。毎日ハンバーガーとピッツァ食べて、コーラで流し込んでると思ってるでしょ?  うちの朝ごはん、ごはんと味噌汁だからね」


「……和の心、ここに極まれり」


「ヒップホップもバスケも苦手だし、英語もダメ。私、3歳からずっと日本だし」

「アメリカにいた期間より、日本にいる方が長いってことか」


「そう。なのに本場の発音聞かせてとか言われるの、ほんと無理、だから……さっきは助けてくれてありがとう」


「いや、俺はただ道案内しただけだし」


「英語で話しかけられた瞬間に、頭が真っ白になって……」


 40分ほど前、新宿駅のフルーツ店前で、オリビアさんは観光客に囲まれていた。 どうやら浅草への行き方を聞かれたらしいが、英語が出てこず、目を白黒させていた。


 俺が代わりに答えた。浅草橋経由がわかりやすいですよ、と。


 それだけのこと。

 ……のはずだった。


「でも、お父さんアメリカ人なんだよね?  家では英語とか」


「全部日本語。前に家の中は英語にしようってなったけど、私だけ無言になって、三日で終了した」


「……潔いな」


「変だよね、この見た目で英語喋れないとか。ふふっ……わかってる、わかってるの」


 オリビアさんがどんよりと曇っていく。

 まずい、このままだと自分の殻に閉じこもってしまう。


「気にすることないよ。そういう人、普通にいるし」

「ありがとう。やさしいね、市川君は……」


 柔らかな笑み。ヘーゼルナッツ色の瞳。

 ……なんか、心臓のリズムが変だ。カラオケのリズムよりズレてる。


「英語、普通に喋れるんだね」

「喋れるってほどじゃないよ、簡単なものだけ」


「そう?  よくわからないけど、イントネーションとか、けっこう良かったと思う」


「子供の頃、英会話教室に通ってたんだ。親の仕事の都合でいつかアメリカに引っ越すかもって言われて。……結局、ずっと日本だけど」


「そっか。市川君も大変だったんだね」


「で、なんで一人でカラオケ来ようとしてたの?」


「来週の歓迎会の前に、練習しとこうと思って。私、カラオケ初めてだし」


「それはわかるけど、洋楽は難しいよ」


「でも、まかせといてと言っちゃってるし」


「……随分と見栄、張ったね」


「だからMeatTubeで再生数の多い曲を探して、歌ってみたら……」


「カタカナ英語になったと」


「うん」


 これはもう、なかなかの茨の道だ。


 聞いた限りではヒップホップ、ロック、R&B、ジャンルは関係なくダメで洋楽は全般的に厳しい。


「オリビアさん、一旦洋楽は諦めて、J-POPだけに絞ろう」

「だからダメだってば!  歌えるって言っちゃったんだもん!」


「どうしても?」

「どうしても!」


 ……見栄? 


 いや……多分それだけじゃない。

 何かはまだわからないけど。

 

「わかった。じゃあ、まずはカラオケの画面を見ないで歌ってみようか」

「えっ!? それ、無理じゃない?」


「画面見てると、ルビ追うのに必死でリズム崩れるでしょ。だったら、歌詞覚えて、目を閉じて歌ってみる。そっちの方が、感情乗るよ」


「……すごい、市川君、ひょっとしてプロのボイトレとか?」

「いや、ただの陰キャです」


「じゃあ陰キャ君、ちょっとだけ私に協力してくれないかな、必ずお礼をするからさ」


「いいけど……お礼って?」


「うーん、そりゃもちろん秘密」

「えっ? 教えてよ」


「うーん、どうしようかな……でもやっぱり、だーめ」


 左目をウインクしたオリビアさんがそう答える。

 お礼が何なのか気になるけど、もう断れる雰囲気じゃない。


 この日から、歓迎会の前日まで。

 俺とオリビアさんの、秘密のカラオケ特訓が始まった。

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