葉蔭の残り香

沖一耕矢_Kotaro

第1話

ふわりと風が通る。

その風に乗り、僅かに沈香のような匂いを感じる。

着物に薫きしめていたものか或いは匂い袋か…その香りは、の人となりに似て凛とした風情があった。

思えば多少の口の悪さはあるものの、その立ち居振る舞いや所作などは武道を修めているためか無駄が少なく嫌味がない。

「じゃあな。…達者でな」

そう告げると彼は枝折り戸に手をかける。

何か言わなくては。

このまま行かせてしまったら二度と逢えなくなる。そんな気がするのに。

「…兄様も、お気をつけて」

ああ、いつもと同じような台詞しか言えない。

腹違いの兄は今日、家を出ていく。

そのために家督を放棄したのだと母に聞いた。

初めて相見えた時と同じように涼しげに笑って、彼は私に幸あれとの言葉と練香の香りを残して行った。

貴方は気づいていたのだろうか。

貴方の姿を鮮明に思い起こさせるその香りを抱きしめながら、あり得ない未来を想い描いていた私に。

「いつまでも…いつまでもお慕いしています…兄様」

貴方の残り香を散らすように遠く彼方へと風は流れて行った。

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葉蔭の残り香 沖一耕矢_Kotaro @Kotaro20590

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