第3話 帰ったはずなのに
今日は大晦日。
久しぶりに実家へ帰ってきた。
奈津美も同じく、それぞれの家に戻っている。
……もっとも、ド◯えもんの特番を観るためじゃない。
いくら公安でも、年末年始くらいは休ませてくれる。
最初に「帰りたい」と言い出したのは奈津美だった。
彼女いわく、大晦日は趣味でやっているオンラインゲームの仲間がほぼ全員そろうらしい。
ただ、仮住まいしている公安の宿舎はネットが一日二時間までしか使えない。
声を出せば隣室から注意される始末。
……そりゃ帰りたくもなるか。
「まさか年の瀬まで帰れないとは思わなかった。監獄からやっと出てきた気分」
奈津美のぼやきが耳に残っている。
犯罪経験はもちろんない。
……とはいえ、俺も落ち着けたもんじゃない。
実家に戻ったはいいけど、護衛官が家の周りを固めてるんだ。
公安の警部クラスが六人も。
正月どころか、こっちでも監視生活みたいだ。
なのに母さんは、その護衛官たちと玄関先で楽しそうに談笑している。
たぶん、家の空気が重くならないようにわざと明るくしてるんだろう。
……強いなあの人。
いい加減、休みたい。
寝たい。
そう思った矢先、下から母さんの声がした。
「俊ちゃん、下に降りてきて神楽さんたちとお茶でもしましょうよ〜」
「俺は寝る! それに神楽さんたちは仕事で来てるんだ。
あんまり話しかけないでくれよ」
「そうなの? でも、せっかく来てくださってるのに少しくらい……
俊ちゃんが帰ってこなければ、神楽さんたちも休めたはずよ」
「お母さん、お気遣いなく。これも任務ですから」
神楽さんが柔らかく応じていた。
母さんは「そう……じゃあこれ、お茶と和菓子ね」と置いて、下へ降りていった。
……と思ったら、踵を返したのか、今度は部屋のドアをノックしてくる。
「俊ちゃん、入るわよ〜」
「寝るって言ったの、聞いてなかった?」
「あらまあ、そうだったかしら。ボケちゃったのかも」
絶対わざとだ。
母さんの常套手段にジト目を向けつつ、仕方なく部屋に入れた。
「……何か用?」
「やっぱり気づくのね、俊ちゃん」
「そりゃ親子だし。さっきの神楽さんとのやりとりで、なんとなく察した」
まるで予知能力者かよ、と内心で毒づく。
「奈津美ちゃんも帰ってきてるの?」
「まあな。大晦日は帰りたいって、自分から言い出したんだ」
「そう……なのね」
母さんの声が、ふっと沈んだように聞こえた。
奈津美の家庭事情を知っているからだろう。
あの明るい人が、ほんの一瞬だけ見せた寂しげなトーンに、俺は何も言えなくなった。
「大晦日だし、せっかくだからお寿司でも取ろうか?」
母さんの声に、思わず顔がほころぶ。
「いいね! 最近まったく食べてなかったなあ。
ミンククジラの握りとえんがわを二貫ずつ……
それと干瓢巻きも」
公安の宿舎じゃ、栄養バランスのとれた定食ばかりだった。
悪くはないけど、やっぱり寿司は別格だ。
海外旅行中にふと和食が恋しくなる、あの感覚に近い。
干瓢巻きを頼むのは、もう癖みたいなもんだ。
中学生の頃に読んだラノベの影響が大きい。
大昔に大ヒットした作品で、「ラノベ読むならこれ」って言われてたやつ。
主人公は異世界で冒険仲間に料理をふるまっていて、ある日たまたま干瓢になる素材を見つけて、試行錯誤の末に干瓢巻きを完成させる。
獣人の仲間には不評だったけど、日本人の主人公にとっては至福の味だった。
あの場面が妙に頭に残っててな。
気づけば寿司を食べるときは、締めに必ず干瓢巻きを頼むようになっていた。
「お味噌汁はどうする? 唐揚げなんかもあるわよ」
母さんは、自然に相手の懐に入り込むのがうまい。
気づけば俺も調子を合わせていた。
「味噌汁は……母さんの茄子の味噌汁がいいな。
唐揚げもいいね。それとジンジャーエールも」
「向こうでは何を食べてたの? そんなに食欲があるなんて、ちょっと意外だわ」
「ん……そうかな。母さんの言い方がうまいからさ」
思わず腕を組み、後頭部に手を回す。
自分でも、照れ隠しだって分かってる。
「そういえば、父さんから連絡はあった?」
「十二月の初めに一度メールが来たわ。
アイスランドでの仕事が忙しいとか、母さんのごはんが恋しいとか……そんなことが書いてあったわ。
それとね、『俊也、頑張れ』って」
母さんの声が柔らかく響く。
そのひと言が、不思議と心に重く残った。
母さんと三ヶ月分の出来事をひとしきり話したあと、眠気も吹き飛んでしまった。
オンラインから始まる異世界リビルドライフ みつき @mitsuki_ayase
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