第10話 主役になった荷物持ち


 戦いの後の街は、妙に静かだった。


 瓦礫はまだ残り、修復も始まっていない。

 それでも、人々は歩き、声を交わし、生きている。


 俺は、広場の端で荷袋を整えていた。


 破れた紐を結び直し、

 空になった回復薬の瓶を数える。


 いつも通りの作業。

 それが、ひどく落ち着いた。


「……本当に、変わらないわね」


 呆れたような声。


 顔を上げると、リゼアが立っていた。

 剣は背負っているが、鎧は着ていない。


「何がですか?」


「全部よ」


 彼女は、苦笑しながら続ける。


「街を救った張本人が、

 荷物の整理をしてるなんて」


「俺の仕事ですから」


 そう答えると、

 彼女は少しだけ、目を細めた。


「……王国から、正式な話が来てる」


 予想はしていた。


 聖将ヴァルガスの失脚。

 英雄譚の崩壊。


 代わりを、王国が欲しがらないはずがない。


「称号、地位、保護。

 全部用意するって」


「断ります」


 即答だった。


 リゼアは、驚かなかった。


「でしょうね」


 少し離れた場所で、

 ミュゼが書類をまとめている。


「記録も、最低限しか残さなかったわ」


 彼女は、眼鏡越しにこちらを見る。


「英雄譚としては、

 “王国兵と冒険者の奮闘”ってことになってる」


「ありがとうございます」


「感謝される筋合いでもないわ」


 ミュゼは肩をすくめる。


「あなたの才能は、

 表に出ない方が世界のためよ」


 俺も、そう思う。


 支える力は、

 目立った瞬間に歪む。


「これから、どうするの?」


 リゼアが聞く。


 答えは、もう決まっていた。


「旅に出ます」


 二人が、同時にこちらを見る。


「同じこと、考えてたんです」


 俺は、少しだけ笑った。


「俺の才能、

 この街だけの問題じゃないみたいなので」


 世界には、歪みがある。

 英雄が生まれ、壊れ、また生まれる。


 その裏側で、

 誰かが耐え続けなければならない。


「……一人で?」


「いいえ」


 視線を向ける。


「一緒に来てくれますか?」


 リゼアは、一瞬考えてから――

 剣の柄を叩いた。


「当然でしょ。

 あんた一人じゃ、絶対無茶する」


 ミュゼも、ため息をつく。


「調整役が暴走したら困るもの。

 監督が必要ね」


 胸の奥が、静かに満たされていく。


 英雄じゃない。

 主役らしくもない。


 それでも――

 一人じゃない。


 出発の朝。


 俺は、少しだけ重くなった荷袋を背負う。


 刻印具、保存食、修理道具。

 そして、仲間のための準備。


「行きましょう」


 リゼアが前に立ち、

 ミュゼが後ろを確認する。


 俺は、中央。


 世界の歪みを感じ取りながら、

 二人の歩幅に合わせる。


 ――英雄譚は、語られない。


 名前も、記録も残らない。


 それでも。


 誰かが前に立てるなら。

 誰かが、生き残れるなら。


 荷物持ちの俺は、

 今日も、世界を支えていく。


 それが――

 俺が選んだ、主役の形だから。

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荷物持ちの俺が、英雄譚の主役になっていた件 塩塚 和人 @shiotsuka_kazuto123

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