第9話 英雄譚の真実
街の混乱は、嘘のように収まりつつあった。
魔物の残骸は霧のように消え、
割れた石畳の下で、魔力の流れが静かに整っていく。
俺は、その中心に立ったまま動けずにいた。
全身が、重い。
魔力を受け止めすぎた反動だ。
「アルト!」
駆け寄ってきたリゼアが、俺を支える。
「無茶しすぎよ……!」
「……大丈夫です。
まだ、話が終わってない」
視線の先。
広場の端に、ヴァルガスが立っていた。
鎧は傷ついていない。
だが、その表情から余裕は消えている。
「理解できん」
彼は、低く言った。
「なぜ、前に立たぬ者が……
英雄の座を奪える」
俺は、ゆっくりと息を整えた。
「奪ってません」
一歩、前に出る。
「あなたが、勘違いしてるだけです」
ヴァルガスの眉が動く。
「英雄は、世界を引っ張る存在じゃない」
言葉が、自然と溢れてきた。
「本当は、
世界に“耐える”存在なんです」
ミュゼが、俺の言葉を引き継ぐ。
「古代の英雄譚を調べたわ。
記録に残っているのは、前に立った名前だけ」
彼女は、石碑の写しを取り出す。
「でも、必ず裏にいる。
流れを整え、歪みを引き受けた者が」
リゼアが、剣を地面に突き立てる。
「英雄は、一人で完結しない」
その声は、揺るがない。
「支える者を切り捨てた瞬間、
英雄は――ただの暴力になる」
ヴァルガスは、笑った。
乾いた、壊れた笑いだ。
「……理想論だ」
「違う」
俺は、首を振る。
「あなたは、
支えられることを拒んだ」
英雄であるために、
誰も信じなかった。
「だから、歪んだ」
沈黙。
そして、ヴァルガスは――
剣を落とした。
金属音が、広場に響く。
「……私も、かつては仲間がいた」
その声は、ひどく小さかった。
「だが、皆……
私の背中に、耐えられなかった」
英雄であり続けるために、
切り捨ててきた。
その結果が、今だ。
「英雄とは、孤独であるべきだと、思っていた」
「違います」
俺は、はっきり言った。
「英雄は、孤独になってはいけない」
支えられることを、
許せる人間だけが、前に立てる。
それが――
英雄という存在の正体。
ヴァルガスは、膝をついた。
王国兵が、動けずに見守っている。
英雄譚が、音を立てて崩れていく。
俺は、英雄じゃない。
前に立つ剣も、名もない。
それでも。
「この街は、救われました」
ミュゼが静かに言う。
「名前は残らなくても」
リゼアが、俺を見る。
「私たちは、生きてる」
胸の奥が、温かくなる。
英雄とは、称号じゃない。
物語の中心に立つことでもない。
誰かが前に立てるよう、
世界を支えること。
それを選んだ瞬間から――
俺は、英雄譚の“主役”になっていた。
名もなきまま。
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