第3話 戦えない理由


 夜のカリスは静かだった。


 冒険者ギルドの喧騒も、日が落ちれば嘘のように消える。

 俺はいつものように、倉庫裏で装備の手入れをしていた。


 剣の刃を拭き、革鎧の留め具を確認する。

 誰かのための作業は、心を落ち着かせてくれる。


「……やっぱり、ここにいた」


 振り返ると、リゼアが立っていた。

 昼間の鎧姿ではなく、軽装。

 少しだけ、距離が近く感じる。


「休まなくていいんですか?」


「平気。

 それより……少し、話がしたい」


 彼女は倉庫の壁に背を預け、腕を組んだ。


「アルト。

 あんた、どうして前に出ないの?」


 その質問は、真っ直ぐだった。


「刻印の件じゃない。

 あんた自身の話」


 胸の奥を、指で押されたような感覚。


 答えなくていいなら、黙っていたかった。

 でも、リゼアの目は逸らしてくれなかった。


「……昔、俺は冒険者でした」


 ゆっくり、言葉を選ぶ。


「今より、少しだけ前に出る役で」


 彼女は何も言わない。

 だから、続けた。


「護衛依頼で、魔獣に遭遇しました。

 仲間が前に出て、俺は……動けなかった」


 景色が、よみがえる。


 血の匂い。

 悲鳴。

 剣を握る手が、震えていた。


「怖くて。

 頭が真っ白で。

 ……誰も、助けられなかった」


 喉が、ひくりと鳴る。


「それで?」


 リゼアの声は、驚くほど優しかった。


「逃げました。

 生き残ったのは、俺だけです」


 沈黙。


 責められると思っていた。

 軽蔑されると、覚悟していた。


 でも。


「……そう」


 彼女は、静かに頷いた。


「それで、後ろに立つことを選んだのね」


「はい。

 前に立たなければ、誰も死なせないと思って」


 少しの間を置いて、リゼアは俺の隣に座った。


 距離は、肩が触れるほど近い。


「ねえ、アルト」


「?」


「今日、あんたが刻印をしてくれなかったら」


 彼女は、拳を握りしめる。


「私、死んでたかもしれない」


 言葉が、胸に落ちる。


「前に立たなくても、

 剣を振らなくても」


 彼女は、こちらを見る。


「あんたは、誰かを守ってる」


 初めてだった。


 俺の選択を、否定しなかった人は。


「……怖いなら、それでいい」


 リゼアは、少しだけ笑った。


「私が前に立つ。

 あんたは、後ろで支える」


 肩に、重みが乗る。

 彼女が、もたれかかっていた。


「それで、一緒に生き残りましょ」


 心臓が、強く打つ。


 俺は、戦えない。

 でも――


「……はい」


 その返事は、

 今までで一番、はっきりした声だった。


 夜風が、二人の間を通り抜ける。


 知らないうちに、

 俺は一人じゃなくなっていた。

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