■第1章「違和感」:四話(期限)

研究室の窓から見える中庭は、昼間でも人影が少なかった。

学生数の減少は、数字としては知っていたが、こうして視界に現れると、別の重みを持つ。

高島は机の上に並べた書類に目を落とした。

学部運営会議の議事要旨。

そこに、さりげなく挟み込まれた一文があった。

――来年度以降、研究室の統合を検討する。

対象となるのは、外部資金の獲得実績が乏しい分野。

つまり、彼の専門領域だった。

科研費の結果は、まだ出ていない。

だが、今年も通らなければ、次はない。

研究室を維持できなければ、学生を抱えることもできない。

彼は学生名簿を開いた。

修士に進む予定の者、就職活動を控えた者。

この研究室を前提に、進路を組み立てている学生がいる。

「潰せないな……」

それは、自分の研究のためではなかった。

学生を宙に浮かせるわけにはいかない。

統合されれば、指導体制は変わり、テーマも引き継がれない可能性がある。

だからこそ、成果が必要だった。

論文でもいい。

だが、誰も扱っていない「事実」に辿り着ければ、それは研究として成立する。

高島の専門は、近代産業史。

繁栄と衰退の構造を、記録から読み解く学問だ。

――地図に載らない島。

あの都市伝説は、偶然にしては出来すぎている。

消されているのだとしたら、それ自体が研究対象になる。

彼は、資料の束を見つめた。

これは、逃げ道のない選択だった。

期限は、静かに迫っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

国罪 ――地図に載らない罪と、静かな狂気 I-kara @I-kara

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ