■第1章「違和感」:三話(消された名前)

翌週、高島は次年度の講義準備のため、学内システムにログインした。

講義概要の更新と、履修者数の見込みを確認するためだ。

画面をスクロールして、彼は一瞬、指を止めた。

自分の名前がない。

正確には、講義一覧の中に、担当者名として表示されていなかった。

講義自体は存在している。

内容も、これまで通りだ。

「……?」

高島はページを再読み込みした。

変わらない。

念のため、過去年度のデータを開く。

そこには、確かに自分の名前がある。

「事務のミスか」

彼はそう結論づけた。

大学のシステムは複雑で、更新の過程で表示がずれることもある。

珍しい話ではない。

事務課に確認のメールを送った。

件名は簡潔に、「講義担当者表示について」。

送信履歴は残った。

だが、返信は来なかった。

数時間後、再度システムを確認すると、講義一覧から、その講義自体が消えていた。

まるで、最初から登録されていなかったかのように。

高島は眉をひそめた。

キャンセルの連絡は受けていない。

決裁が必要な変更だ。

同僚に声をかけようとして、彼は立ち止まった。

廊下で会った准教授は、以前より会話が短い。

研究室の前を通る学生も、視線を合わせなくなった気がする。

気のせいだ、と高島は自分に言い聞かせた。

人は、自分が不安になると、世界が変わったように感じる。

その夜、自宅でメールを確認すると、事務課からの返信は依然として届いていなかった。

迷惑メールフォルダにもない。

だが、送信履歴だけは、はっきりと残っている。

「届いていない……?」

再送しようとして、彼は気づいた。

宛先のアドレスが、候補一覧に表示されない。

アドレス帳を開く。

事務課の連絡先が、ごっそり消えていた。

高島は、椅子に座ったまま動けなくなった。

これは偶然の重なりだろうか。

それとも――。

脳裏に、あの島の資料がよぎる。

途中から消えた名前。

書き換えられた表記。

完全には消さず、存在していた痕跡だけを薄く残す。

あまりに似ていた。

スマートフォンが震えた。

妻からのメッセージだ。

「学校から連絡があったみたい。

 安全確認って、何のこと?」

高島は画面を見つめたまま、返信できずにいた。

島の記録を追い始めてから、彼の名前だけが、現実から浮き始めていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る