■第1章「違和感」:二話(数字のある怪談)
高島は、学生が見せたスクリーンショットをもう一度眺めた。
画面に残された文字列は断片的で、投稿者の意図も文脈も失われている。
それでも、違和感だけは消えなかった。
怪談にしては、数字が多すぎる。
それも、雰囲気づくりのための誇張ではない。
産出量の推移、労働者数、坑道の延長距離。
いずれも、実在の鉱山資料を参照しなければ出てこない値だった。
高島は研究室に戻ると、書庫の奥から古い統計年報を引きずり出した。
背表紙の色あせた冊子を机に積み上げ、ページをめくる。
大正十一年。
島の金鉱は、確かに急成長している。
産出量は前年の二倍近くに跳ね上がり、労働者数もそれに比例して増加していた。
だが、次の年から様子が変わる。
設備投資の記録が、急に鈍る。
産出量は維持されているのに、坑道拡張の報告がない。
本来なら、どこかで歪みが出るはずだった。
「……合っている」
高島は呟いた。
合っているのだ。
辻褄は、完璧に。
問題は、その“合い方”だった。
鉱山名の表記が、資料ごとに微妙に異なる。
同一の鉱山であるはずなのに、漢字が一字だけ違う。
送り仮名が変わる。
まるで、検索されないように、意図的に揺らされているかのようだった。
彼は鉛筆で該当箇所に印を付けながら、背中に薄い汗を感じていた。
これは捏造ではない。
無から有を作る類の嘘ではない。
――編集だ。
存在した事実を、消さずに、薄めて、分散させる。
一つ一つは正しい。
だが、まとめて追おうとした瞬間、輪郭が失われる。
高島は、ふと気づいた。
この手口は、学術的な隠蔽ではない。
もっと実務的で、もっと慣れている。
「……誰が、こんなことを」
高島は呟くが答えは出ない。
だが、偶然であってほしいと思った瞬間に、彼はそれが「意図」だと悟ってしまった。
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