第6話 無我と無我夢中

 

 夜半は物語るよう、そして時折、深いため息をつくよう過ぎていった。

 まるで年輪を一つ、月齢を、一日ほど数えようとする小夜だった。


 キャミソール姿の霧子を横目で見ていると、こいつは優しくなりようがないのだろうなと思った。

 無防備だし、騙されやすそうだし、すぐに不満を垂れ流すのだろう。他の知らない誰かが、もっと他の知らない誰かを大切にしてくれないだろうか、そんな気分に俺はなっていた。

 霧子の傍にいてやることで、俺は自らの居酒屋で犯した罪を償っていたのかもしれない。


 空に星はきっとあるのだろう。でも、そんな数多の星は見たことがない。そんな見たこともないような星の夜空は、月明かりですらない。

 満月だろうと、新月だろうと、夜の闇はいつも無表情だ。長い時間をかけて痩せ細った欅を眺めながら、俺は吹き込まれるよう思った。

 しなだれかかる、霧子は睫毛が長かった。きっと、化粧品なんかで、その手入れを念入りにしたのだろう。

 寝息に混じって垣間見える、霧子のマジで無駄な努力を、俺は後でイジってやろうと思った。

 湿った残暑の夜は、不自然に大気を感じさせ、また、どこからかを遮断するようだった。


 何もない。何も生まない。そして、明日の希望もない。無駄に同じ飽きた人生を歩まされ、刹那的な享楽の幻影を踏まされ続けるしか、俺は何か、能動的に物事を選べないという確信だけあった。

 語るべき相手の皆無な俺は、霧子に時折、欲情しながらも、そして、そんな性欲を果たせない状況に無理やりなっていた。

 それは居心地の悪い、ゆっくりと六文銭を争奪していく途中、一時、追手が途切れた状態だった。

 ここは地獄の三丁目、三番地、後は下るだけの一方通行だろうなと俺は思った。

 きっと、三途の川なんて、懸衣翁と奪衣婆のバカップルが悲恋でも嘆じているのだろう。地獄の獄卒でさえも、暇に飽きてしまいそうなほど、やっぱり俺の人生は倦んでいた。


 馬鹿につける薬はないと人は言うが、俺にとっては、薬がダメなら、せめて絆創膏だけでもよこせという気分だった。

 海賊王に俺はなる、ルフィならきっとそう言う、オラ、ワクワクすんぞ、悟空なら、そう言う、そんな天然ボケに絞られるよう無理やりムリゲーをやらされながら、育てられた俺に物事を考えろなんて、そもそも、完全否定に加担していたまま無駄な我慢を限界まで諦めろという矛盾のようなものだ。

 それは、きっと仕組まれたゲームなのだろう。その仕組まれたゲームには、何か巨大な酸っぱく臭いため息が、自動で定期的に噴射され、向き合いたくもない正気に戻らせようとしている。

 無理が通れば道理が引っ込むと、サボり続けた学校で俺は教わった。じゃあ、もっとマシな道理を用意してから、そのムリゲーでも教えて欲しかった。

 そこまで思えてから、俺は霧子を愛しく感じることができた。もう、いいや。そういうことに決めた。

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