放課後ピアノクイズ(解答編)

 日を改めて──


 放課後『残酷な天使のテーゼ』が演奏されているタイミングを見計らって、僕たちは音楽室に突入──なんてことはせず、礼儀正しくドアをノックしていた。



***



「嘘……」


 呟いたのはかけるである。本人の前でそれを言うのはかなり失礼だと思うが、しかし心情は理解できる。


 招かれて音楽室に入ったとき、ピアノの前に座っていたのはなんと石垣深月。しかも誰かと連弾している様子もなかった。


「なんの用事……あ、みんなもピアノが弾きたいとか?」


 そう言う逆茂木さんに対して、僕たちは推理ゲームについての説明をする。もちろん罰ゲームの件は隠して。



***



 僕たちの疑問を察知して、逆茂木さんが種明かし(?)をしてくれた。


深月みつきがこんなに上手いこと知らなかったでしょ。この子はね、とてつもないアガリ症なんだ。特に同世代の異性の前だとね。だからみんなの前だとまったく実力を出せていなかったの」


 ピアノ前の椅子に座ったままの石垣さん。言われてみると顔が少し赤い気がする。


「彼女が緊張するとどうなるかというとね──」


・手汗が尋常じゃなく出る。そのせいで常時タッチが滑る。

・手はもちろん、ペダルを踏む足もガクガクに震える。

・練習しているときより早いテンポで弾いてしまうため、指がペースに追いつかなくなって止まる。

・しかも徐々に加速する。

・そのテンポで辛うじて弾けていたとしても難度の高いゾーンに突入したところで崩壊する。

・調号を忘れる。ファにシャープを付ける曲なのに、何故かシとミにフラットを付けてしまい間違えたりする。

・弾く位置を1オクターブ間違えたりもする。

暗譜あんぷしている曲なのに人前だと暗譜あんぷで弾けない。頭真っ白状態。


「これだけ悪条件が揃えば演奏はボロボロになるよね。みんなが見ていた石垣さんはこの弱体化デバフが最大限にかかった状態だったってこと。ただ家族やピアノの先生の前だとそこまで酷くはならないらしいから、みんなの前でも弾けるようにって、放課後こうやって訓練していたんだ。最初は大変だったけど、まあ……なんとか弾けるようになってきたね、私たちの前では」


「訓練?」


「そうだよ、マロンちゃん。人前で弾くのに慣れさせるというか。あ、そうだ、深月みつき。今から弾いてみたらどう?」


「…………」


 石垣さんは言われるまま、ピアノを弾き始める。しかし五秒ぐらいのところで間抜けな音を出して──止まった。


「楽譜……ないと無理」


「え、深月みつき。今さっき暗譜あんぷで弾いていたでしょ。なんで急に忘れるの」


 逆茂木さんが慌てて言う。


「メトロノーム使っていい……?」


「メトロノームがあると落ち着く気持ちは分かりますけど、今はそれ無しで頑張りましょう……」


 狭間さんがさとすように言う。


詩乃うたのちゃん代わって……?」


「諦めない!」


 堀さんが励ますように言う。


 ただこの様子だと、石垣さんのアガリ症はまったく治っていなさそうである。


 そしてここで僕は重大なミスを犯してしてしまった。賭けに勝ったことは嬉しいはずなのに──、何故か心がもやもやとしていて、それが棘のある言葉となって口から出てきてしまったのである。


「残酷な天使のテーゼ。石垣さん、本当に弾けるの? ちょっと信じられないね」


 言った瞬間、石垣さんは上半身をきゅっと捻って真正面から僕を見た。そして大人しそうな彼女のものとは思えない──鬼のような形相で僕を睨んでいた。


「弾けるから! 私、誰も聴いていないところでなら弾けるから! 録音とかもしていなければ完璧に弾けるから! この曲、大好きだからたくさん練習したんだ!」


 僕だけでなく、宗太郎たちも気圧けおされたように一歩下がった。なおかけるは「誰も聴いていないところでなら完璧に弾けるって、そんなの……密室殺人みたいなものじゃないか。完全犯罪だよ。こんなトリック見抜けるはずがない……」とよく分からないことを呟いていた。

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