第5話 本屋でのエンカウント

 授業が始まり数日が経った。

 各教科の最初の授業はだいたい中学の範囲の復習だったが、次の授業からは本格的に高校の範囲の授業が始まるのだろう。


 陽介が高校生として真面目に授業を受けていると、あっという間に土曜日になった。

 学園も休みなので朝に日課のジョギングをしたのち、午前中は部屋の掃除をする。


(いや~慣れると朝のジョギングは清々しい気分になるし、掃除して部屋が綺麗になると気分もいいし。習慣ってやっぱり大事だよなぁ)


 昼食にカニカマチャーハンとワンタンスープを作る。


(う~ん、調味料と料理動画って偉大だわ。素人の俺が作っても、それなりに食える味になるんだもんな)


 料理動画で紹介されていた時短レシピでササッと作って、ササッと食べる。

 そして食休みをしたあと、


(午後はどうしようかな? あ、そうだ。参考書を買いに行こう。せっかくだし、中学の範囲の復習もして、ステータス上げの検証もしてみようかな)


 午後の予定を決めた陽介は薄手のジャケットを羽織り、本屋が入っている駅ビルに向かった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


(うん、この辺のテキストと参考書でひとまずは大丈夫かな?)


 お目当ての中学範囲の復習テキストと、高校一年の主要教科の参考書たちをカゴに入れて、フラフラと書店内を見て回る。


(お? これは多分、この世界の作家さんの小説だな。帯に書いてある受賞した賞の名前、初めて聞いたし)


 一般文芸のコーナーで平積みになっているミステリー小説に興味が惹かれる。

 手に取って裏表紙に書かれているあらすじを読んで、カゴに追加する。


(ん~参考書代は勉強用だから、臨時で小遣い出してもらえると思うけど……小説はさすがに無理だろうな。なるべく早めに叔父さんのとこでバイト始めよ)


 予算的には厳しいが、他にも興味が惹かれる小説がないか探す。

 が、一般文芸のコーナーにはカゴに入れた小説以外はそんなに興味を引く作品はなかった。


(まぁ、こういうのは一期一会だしな……)


 一般文芸のコーナーを離れて、そのままラノベのコーナーに足を踏み入れる。


(お? これも多分、この世界の作家さんだな。この世界特有のラノベも興味が惹かれるよなぁ……。一夫多妻制が許可されてるから、世の中にリアルハーレム野郎が一定数いるわけだし、どんな感じのハーレム描写になるんだろう? う~ん、ちょっと財布が厳しくなるけど……買っておこう)


 あらすじタイトルの異世界ファンタジー系のラノベに手を伸ばした。

 その時――


「……ぁっ」


 横から同じ本を取ろうと、白くほっそりとした手が伸びてきて、触れ合った。


「す、すみませんっ……」

「いえ。こちらこそ、すみません」


 陽介は慌てて手を引っ込めて、


(コテコテのラブコメ展開かよっ……! マジ、焦ったわっ……!)


 謝りながら相手を見る。


「あれ……?」

「あら?」


 そこにいたのは銀髪美少女のクラスメイト、常陸院咲月だった。

 白色のフリルつきブラウスに、大きな花がら模様のロングスカートという、まさにお嬢様然とした服装。

 その可憐さに陽介は思わず見惚れてしまい、気まずさから視線を彷徨わせる。


 二人の間に気まずい沈黙が流れ――咲月がすぐに沈黙を破った。


「星崎さんもラノベを買いに来たのですか?」

「あ、うん。メインは参考書を買いに来たんだけど……ついでに小説も買おうかなって思ってさ」


 カゴを軽く上げて咲月に中を見せる。

 カゴに入っている復習テキストや参考書を見て、咲月が柔らかい笑みを浮かべた。


「勉強熱心なのですね」

「まぁ、高校では色々と頑張りたいと思ってるからな。……あ、このラノベは常陸院さんが買ってよ。俺はたまたま目について取ろうとしただけだからさ」


 店員に訊けば在庫はあるかも知れないが、棚には一冊しか残っていなかったので咲月に譲る。


「ありがとうございます。星崎さんのお言葉に甘えさせていただきますね」


 咲月は嬉しそうに異世界ファンタジーモノのラノベを手に取った。


 互いにレジで買い物を済ませ、書店の入り口まで一緒に歩く。

 その間、特に会話はない。


 書店を出たところで咲月が口を開いた。


「それでは、私は迎えが来ていますので。また学園で」

「うん、またね」


 優雅に一礼すると、咲月は数日前に陽介と信司が校門の前で見た黒塗りのセダンとその横に佇む執事服の年配の男性の元に向かう。


 陽介は咲月が車に乗り込むのを見届けて、家路についた。


(常陸院さんみたいなお嬢様もラノベ読むんだなぁ)


 思い出すのはラノベを譲った時の花の咲いたような笑顔だ。

 クラスメイトたちと話している時の笑顔よりも幼く感じた。


(そんなにラノベが好きなのかな?)


 常陸院咲月は美少女お嬢様で、さらには入学式で入試首席として新入生代表挨拶をするような才女だ。

 そんな彼女がラノベを好んで読んでいることが少し意外に感じた。


(いや、まぁ……好みとか趣味なんて人それぞれだし、お嬢様って色眼鏡で常陸院さんを見て勝手に決めつけるのもよくないよな。うん……意外な一面が知れて得したな、くらいに思っておこう)


 足取り軽く帰路につき、途中でスーパーに寄って夕食と明日の朝食用の野菜を買い足す。


 アパートに帰って早速ミステリー小説を読み、夕食を自炊して、風呂に入る。

 そして小説の続きを読み進めて、十一時半に就寝の準備を始める。


 意外と充実した土曜日だったと、陽介はベッドに入りながら思ったのだった。

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