シーン14:ワールドシミュレータの弱点
あるビルの一室で、星野はジョナサンから暗号で連絡を受け取った。解読すると、こう書かれていた。
「滝沢がソロバンの弱点を見つけた。ともに作戦会議したい」
星野は、わずかに微笑んで、つぶやく。
「滝沢くん……ちょっと見ない間に、ずいぶん変わったじゃないか。だが……。」
ジョナサンへの返信を書く。
「参加したいが、私は監視されている」
送信。すると、1分と経たないうちに返事がきた。
「じゃあ、強制連行させてもらうぜ」
星野は目を見開く。その直後、ドアの外で殴り合うような鈍い音がしたと思ったら、何かが壁を叩く鋭い音が響いた。すぐにドアノブがガチャガチャと回され、扉が開け放たれた。
「まさかジョナサン……私のためにそこまでやるか」
星野は、部屋に押し入った作業服の2人組を見上げてそうつぶやく。作業服の1人が言う。
「ジョナサンからのお迎えです。すぐ行きましょう」
星野は、戸惑いながらも返答した。
「あ、ああ……行こう。なんだか……シミュレータがなかった頃の映画みたいだな」
クールだが、どこか高揚した声色だった。星野は気合いを入れて立ち上がり、急いでビルを脱出してジョナサンのアジトへ向かった。
俺とジョナサンがいるアジトに星野と木下がやってくるまで、そう時間はかからなかった。俺はジョナサンに尋ねた。
「あんなに早く2人を集められるなんて……どうやったんだ?」
ジョナサンは、何でもないように答える。
「まあ、地下のネットワークってやつだ。他にも仲間がいるんだよ」
「でも、それだけでここまで早く集められるのか?」
「ま、あの2人を連れてくるってよりは……さらってくるようなもんだからな」
バチバチと漏電する裸電球の下、薄暗い部屋で横倒しのドラム缶が4つ。秘密の作戦会議。俺は胸が高鳴っていた。
星野が笑う。
「まさか監視を倒す刺客まで用意してくるとは思わなかったよ。ジョナサン、きみ……かなり本気だね。私まで映画の登場人物みたいだったよ」
木下が反応する。
「星野、お前そんな風に連れていかれたのか!?俺なんて玄関にインターホンだぞ、宅配かと思ったら連れ出されて……」
「そりゃ、私は指数が高いからね。天文学者だし監視されてるから。で、ジョナサン……いったい何をしでかすつもりなんだい?」
ジョナサンは立ち上がり、宣言する。
「……俺のありったけのネットワークを使って、芸術をばらまく」
木下が、腕を組んで目を細めた。
「ん?俺たちは、そんなことを聞かされるために呼ばれたのか?もっと派手なことをやるかと思ってたぞ。街なかでドでかい花火でも打ち上げるとか」
「はっ!それもいいアイデアだ。だが、今回やる芸術は、すべて……陽動だ」
木下は、まだ話をつかめないようだった。
「陽動だと?」
星野がするりと差し込む。
「滝沢くんが、シミュレータの弱点を知っているらしいね。今回の芸術は、滝沢くんが自由に動けるようにするための作戦……そういうことかな?」
俺の思考を、天体望遠鏡のような目が撃ち抜いた。
「……鋭いですね。俺は、捕まった赤城を助けて、シミュレータを……破壊します」
木下は驚いた顔をこちらに向け、星野は平然としている。星野は淡々と続ける。
「赤城くん、捕まってしまったのか」
木下が突っ込む。
「そこじゃねえだろ!いやそこも大事だが、お前シミュレータを破壊するって言ってるのか!?」
俺は物怖じせず答える。
「そうです。シミュレータを……破壊します。そのための作戦も考えてあります」
木下は、俺に話が通じていないように見えて焦っている。
「待て待て!お前は自分がやろうとしてること、分かってるのか?社会が間違いなく混乱するぞ!芸術テロはせいぜい近所迷惑で済んだが、お前のそれは比べ物にならん!」
俺の覚悟は、もはや一切揺るがなかった。
「……それでも、やります。こんなに息苦しい灰色の社会よりも、自由が欲しい。きっと、みんな口では幸せだって言うけれど……心のどこかで自由を求めてるはずなんです。そして俺は……シミュレータを壊せる立場にいます」
「……」
木下は、立派なヒゲの生えた顎に手を当てて、黙って思考を巡らせているようだった。彼も科学者だ。かなり泥臭いタイプだが、考え込む姿はサマになっている。
静寂が訪れる。裸電球のバチバチという音だけが、やけに重苦しく聞こえる。ジョナサン、星野、そして俺は、無言で木下を見つめる。
考え抜いた果てに、木下は――笑い始めた。
「……ふふ」
「……ふふふ……がっはっはっは!」
「やっぱり面白い小僧だ!若いやつはこれくらい勢いがないとなあ!」
俺は面食らった。星野も、どことなくポカンとしているように見える。木下は俺の方に歩み寄り、肩を組んだ。木下が横目で俺を見つめる。
「いいぜ、乗った!シミュレータがぶっ壊れてくれれば、俺もせいせいする。イヤミな計算屋に文句を言われずに実験できるからな!あいつらに一泡ふかせてやってくれ!」
ジョナサンが口を開く。
「そもそも、あんたも俺たちにペンキや火薬をさんざん横流ししてくれてるじゃねえか」
木下は、顔が赤くなっている。
「それとこれとは話がぜんぜん違う!ただ若者の覚悟を試してみようとだな……」
嘘だ。あれは照れ隠しだ。星野も、黙ってニコニコしている。星野は楽しげに言う。
「じゃあ、具体的な作戦会議に入ろうか」
星野は続ける。
「大まかには、ジョナサンたちが全力で注目を集めている間に、滝沢くんがシミュレータを壊してくれるみたいだね。でも、どうやって壊すのかね?」
木下が重ねる。
「やっぱり、ハンマーか爆弾か使ってぶっ壊すのか?」
「……違います。シミュレータのパーツは一部だけ壊しても交換されるので、人ひとりで壊してもたかが知れてます」
木下は興味津々だ。
「じゃあ、どうするんだ?」
「シミュレータの演算システムを徹底的に破壊します」
「どうやって?」
「シミュレータの中枢区域に俺が潜入できれば、内部システムから破壊できます」
「ハッキングでもするのか?」
「まあそんなところです」
「ふうん……?」
木下は納得していないようだった。星野が割って入ってくれた。
「滝沢くんは考えなしに動くタイプじゃない。何か確実な弱点を握ってるんだろう。私も陽動に参加するよ。私の権限で通信を乗っ取ることもできる」
木下は動揺する。
「なっ……星野、お前までそんなにやるつもりか!?そんなことしたらお前の立場は……」
「ふふ、まずいだろうね。でも、どうしても見てみたいんだ。地上が息苦しくない場所になるところを」
ジョナサンがはやし立てる。
「星野は俺が強制連行してきたからな!もう立場なんて、無いようなもんよ」
木下は苦い顔をする。
「俺は……そこまで大胆にはやれねえよ。毎日楽しく実験できればそれでいいだけだからな。でも……」
「ペンキでも爆弾でも、たくさん作っておいてやる。それが俺にできる限界だ」
ジョナサンは笑う。
「いいねえ!ありったけ作ってくれれば十分よ」
すると、星野は俺を見据えて言った。
「で、滝沢くん……もったいぶらずに、弱点とやらを教えてくれないか?本当に気になっているんだ。何か弱点があるんじゃないか、と思ってはいたが、私は……具体的な弱点を考えつかなかったからね」
星野の目が輝いている。俺は、星野を見つめながら返答する。
「ワールドシミュレータ……いや、人工的に作られたラプラスの悪魔の弱点、それは……」
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