シーン13:理屈屋の涙
滝沢 蓮(たきざわ れん)
指令: 仕事をせず自宅から出ないで過ごす
因果律信頼区間: 2.4
幸い、今日は「仕事をするな」という指令を受け取った。俺は管理局に、休む連絡を入れた。だが、何もしないで過ごすには、この暇が苦痛すぎた。赤城を閉じ込めたあの箱の黒さを思い出し、恐怖してしまう。ふと、気づく。
「赤城を芸術に巻き込んだのは……ジョナサンだよな」
そうだ。ジョナサンが変なことを吹き込まなければ、赤城は今も笑って過ごせていたんじゃないか?
そう思ってから外出の準備をするまでは早かった。ただ、今の俺は指数が高すぎる。ここで外出すれば、ほぼ確実にクビになるだろう。しかし、そんなことがどうでもよくなるほど、あの黒い箱は恐ろしかった。
「ジョナサンを……問い詰めてやる」
俺は、星野や赤城と歩いた山道を通り、地下への入り口に着いた。山道に一定間隔で設置されている、シミュレータの観測端末に記載された座標番号を見ながらだったので、どうにかたどり着けた。
壁に描かれた絵は、奥にいくほど薄暗く見えなくなっていく。赤城の運命を表しているようで、寒気を感じた。それを打ち消そうと、俺は呼びかけた。
「ジョナサン!滝沢だ!いたら返事をしてほしい!」
俺の声が迷宮に響く。音が壁に吸い込まれ、霧散する。ジョナサンはいないのかと思ったとき、返事が聞こえてきた。
「いるぞ!そのまままっすぐ入ってこい!」
俺は、地下道に入った。3人で入った時は何とも思わなかったが、いざ1人で入ると心細い。俺の足音だけが迷宮に響く。壁に触った手に残る、ざらざらした絵の感触だけが俺の孤独と不安を少しだけ癒してくれた。
しばらく進むと、ライトを持った長身のシルエットが現れた。ジョナサンだ。
「なんだ、1人か?赤城はどうしたんだ?」
俺の顔が一瞬こわばった。
「……そのことでここに来ました。後で話します」
ジョナサンは、どう思っているのか分からない。サングラスの奥に、どんな表情を抱えているのだろうか。
「堅苦しいな。敬語は使わなくていいぜ」
俺たちは迷宮を歩いて、ジョナサンの基地に入った。
ジョナサンは、横倒しにしたドラム缶にどかっと腰を下ろした。
「滝沢お前、なんかシケたツラしてんな。これでも飲むか?」
ジョナサンは、スポーツドリンクを差し出してきた。ここに来るまでの俺への気づかいなのかもしれない。
「……ありがとう」
俺は新品のキャップを開けて、喉を鳴らしながら飲んだ。
「で、話ってのは何なんだ?赤城が何かあったのか?」
ジョナサンは、いつになく真剣なトーンで俺に尋ねる。
「ジョナサン……お前が」
「お前が、赤城に芸術なんて吹き込まなければ」
「今も笑って過ごせたかもしれないのに!」
俺は詰まりながらジョナサンにぶつけた。
「待て待て、話が全く分からんぞ。何が起こったんだ?」
サングラス越しでも、明らかに困惑しているのが分かった。
「赤城が捕まって……真っ黒な箱に、閉じ込められた」
「……なんだと?」
「お前が赤城に芸術さえ教えなければ、あいつは芸術テロをやらかさずに済んだのに!」
ジョナサンから、いつものコミカルさが完全に消えた。
「そいつは……許せねえな」
俺は予想外の反応に戸惑った。悪かった、とか俺のせいで、とか言われると思っていた。
「な……!ジョナサン、お前のせいで……!」
「滝沢、お前も許せねえって思わないか?なに屈しようとしてんだ?」
「お前が変なことを言ったせいで……!」
「違うな。確かに赤城はここに何回もやってきたが、俺は何もしていない。俺は、ただ『やりたいことをやれ』としか言っていない。そしたら、あいつは絵を描いただけだ。お前の話からして、ちょっと派手に動きすぎたみたいだが」
その言葉に嘘はないようだった。じゃあ、俺のこの思いは、どこにぶつければいいんだ?そう考えると、思わぬ言葉が出てくる。
「もう芸術なんてどうでもいい!あんな目にあわされるなら、黙って従った方がはるかにマシだ!」
俺は、ジョナサンを全否定するような発言をしたにもかかわらず、彼は平然としている。
「いや、お前はもう芸術の味を知ってしまった。知る前になんて絶対に戻れないぜ。俺が見る限り……お前は自分に嘘つくのが大嫌いだからな」
「なんだと……!」
俺のいらだちをよそに、ジョナサンはどこからともなくペンキ缶を取り出した。パカッ、という場違いにポップな音が鳴る。
ジョナサンは、缶を振り回して、中身を壁にぶちまけた。飛び出してきた赤い弧は、壁にぴしゃりと叩きつけられる。
時間が経つと、つーっと液が垂れてくる。ジョナサンはこちらを振り返り、問いかけてきた。
「なあ、これどう思うよ?今度こそ感想聞かせてもらうぜ」
俺は、上手く感想が言えず、言葉に詰まる。
「……。……」
「もっと簡単な言葉でいい。何か言ってみろ」
俺の中に最初に浮かんだ言葉。それは……。
「つらい」
ジョナサンは黙っている。
「この赤を見ると、どうしようもなく辛くなる」
俺の視界がにじむ。
「そうだよ!辛くて仕方なくなるんだ!自分が……灰色の世界に閉じ込められて生きてるのを思い出すから……!!」
俺は崩れ落ちていた。こぼれ落ちる涙が地面に染み込む。俺は、生きていて息苦しくて仕方ない。沙耶とのデートに割り込むシミュレータ。真っ黒な地獄に閉じ込められた赤城。そして……星野と見た赤い火星。赤城が描いた作品。今、ジョナサンがぶちまけた赤いペンキ。
ジョナサンは笑う。
「やっと気づいたか。それがお前の本心だ」
「俺は……どうしたらいいんだ……?」
ジョナサンは、笑いながらため息をつく。
「だから、俺はずっと『やりたいことをやれ』って言ってるだろ?俺は芸術をばらまき続けるぜ。ちっぽけな抵抗だとしても、俺自身がやらずにいられないからな」
俺の心が、すっと軽くなった気がした。
「で、滝沢。お前がやりたいことは、何だ?いくら理屈屋のお前でも、今なら……心の底からやりたいことが、見えるんじゃねえか?」
「……」
色々と思考が浮かぶが、俺は自分の心だけに耳を傾けた。
「……ジョナサン」
「どうした?」
「もし、この社会を壊せる方法があると言ったら、どうする?」
ジョナサンは歯を見せて笑う。
「お、ついにお前も芸術家に目覚めたか?」
「少し違う。このくそったれな演算社会を……完璧に破壊する方法があるって言ったらどうするか、って言ってるんだ」
ジョナサンの笑顔が消え、真剣な表情に戻る。サングラス越しでも、強く興味があるのが分かる。
「……面白い。聞かせてくれ。今のお前は間違いなく……やりたいことをやろうとしてるやつの顔をしている」
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