シーン11:赤の衝動


赤城 大輔(あかぎ だいすけ)

指令: 演算区域内に留まる

因果律信頼区間: 3.5 要監視対象



ゲージュツってすげえな、と赤城が騒いでからというもの、俺と赤城の雑談にはジョナサンの影がちらつくようになった。


「滝沢、昨日はジョナサンと会ったんだけど、やっぱりあの人すげえよ、天才だと思う」


俺は声を潜めて言う。


「ジョナサンって……地下に行ったのか?」


「あったりまえよ!あそこは何回行っても飽きねえな!」


赤城は、この演算社会において――無防備すぎる。きっと、彼は純粋だから管理局員に採用されたが……今はその純粋さが、彼を静かに窮地に追いやっている。純粋さは、反転したときが最も恐ろしい。俺は顔から血の気が引いていくのを感じる。


「おい、赤城お前……今の指数いくつだ?」


「指数?えーっと……3.5か!」


赤城は無邪気に読み上げた。3.5というのは、偏差値でいうと、50から35だけ離れている。偏差値85か15くらいだ。今の彼は、恐ろしいほど逸脱している。


「高いな……お前も管理部長に呼び出されなかったのか?」


「え?まあ呼び出されたけど……あいつらゲージュツを全然分かってねえ!」


「お前管理部長にも芸術のこと喋ったのか!?」


思わず叫んでしまった。


「なんだよ、ビックリするじゃん」


「それはこっちのセリフだ!赤城、お前は危なっかしいんだよ。ピュアすぎるし、ジョナサンに影響されすぎだ」


「だって」


赤城は何も分かっていないようだった。こいつが芸術テロをやらかす日は、思っていた以上に近いかもしれない。俺が食い止めなくては。


「だってじゃない。芸術は良いものかもしれないが、社会では危険視されているんだよ。もっと考えた方がいい」


「なんだよ、また滝沢の理屈屋タイムか?」


赤城はすねている。


「なあ、頼むからもう少し抑えてくれ。赤城のためなんだ」


「滝沢……お前もゲージュツの素晴らしさを分かってくれないのか?あいつらと同じなのか?」


赤城は、泣き出しそうな顔をしている。この期に及んで、こいつはまだ分かっていない。


「そうじゃなくて……」


「よし決めた!俺がお前らに教えてやるよ!俺なりのゲージュツをな!」


「あ、おい赤城!」


赤城は走り去ってしまった。食い止めるつもりが、結果的に俺が最後のひと押しをしてしまったかもしれない。俺は背中に冷たいものが走るのを感じた。




翌朝。俺は赤城のことが気がかりで、あまり眠れなかった。電車でうつらうつらしながら、職場に着いた。


管理局に着いた俺を出迎えたのは、管理局の外壁に描かれた、無秩序で無目的な衝動――芸術テロだ。


赤いペンキの飛沫が灰色の壁に鋭く突き刺さっており、血を想起させる。しかし、わずかに明るい色合いが、自らが血ではないことを主張していた。


俺は急いでゲートを通り、赤城を探した。


「赤城!どこだ!」


俺は自分のデスクに向かった。近くに赤城はいた。何やらコピーしているらしい。


「おお、滝沢。おはよう!」


爽やかに挨拶されるが、いちいち構っていられない。


「おい赤城!入り口のアレはどういうことだ!なにやってんだよ!」


「俺のゲージュツだよ!すげえだろ!」


杉山も俺たちがいる部屋に駆け込んでくる。髪が乱れ、息が上がっている。


「滝沢と、赤城か、……やっぱりお前らか!」


即座に俺は否定する。


「俺は何もやってない!全部赤城がやったみたいなんだ!」


赤城は能天気だ。俺と杉山とは全く別の世界にいる。


「おうよ!俺の素晴らしい作品を見てどう思った?」


杉山が怒りをにじませる。


「赤城……!お前自分が何やってるか分かってるのか!」


杉山の怒声が響いた。ここまで激昂している杉山は見たことがない。しかし、赤城は気にとめない。コピー機の音が止まった。


「お、終わったな!」


俺は印刷物の真っ白な裏側から、極彩色が透けて見えた。


まさか。


その先を考えるより早く、俺の口が動いた。


「それだけはやめろ赤城!何されるか分からない!」


「うるせえ!管理局のお堅い連中にゲージュツの素晴らしさを分からせてやるんだ!」


赤城は、ずっしりと重たそうな紙の束を抱えた。俺と杉山は、赤城を取り押さえる。赤城が紙の束をこぼす。パラパラパラ、とコピー用紙が乱舞し、時おり表側の鮮やかな衝動を見せた。


目を奪われてしまった。ほんの一瞬だけ、赤城を取り押さえるのを忘れそうになった。


赤城が暴れだし、現実に引き戻される。


「やめろ!お前ら離せ!」


赤城を引き留めたい杉山の声に、悲痛さが混じる。


「今のうちだ!まだ今なら急げば外の落書きを消して、引き返せるかもしれない!」


しかしそんな淡い希望も、すぐに打ち砕かれる。


「おい、お前ら何やってんだ?外のアレはどういうことだ」


俺たち3人を、かばんを持った上司がにらみつけていた。

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