シーン10:演算社会の優等生
杉山 慎一(すぎやま しんいち)
指令: 昼食を直属の上司と共にとる
因果律信頼区間: 0.6
俺が仕事中に、上司から呼び出された。
「滝沢、ちょっといいか」
上司は小声だった。何かやましいことでも話すみたいに。
「何でしょうか」
「お前が上層部に呼び出されているんだ。何か心当たりはないか?」
上司の顔に、厄介そうで不安そうな感情が滲む。
「さあ……」
息を吐くように、俺は嘘をついた。しかし、上層部は気づいているかもしれない。俺の鼓動は速くなっていた。
俺は上司の上司、管理部長のもとへ向かった。俺はノックし、返答を聞くとドアノブをひねる。何ということもない個室の白い扉が、妙に重たく感じられた。
「失礼します」
開けると、白を基調にした部屋の中に、応接用のテーブルとソファを挟んで、部屋の奥のデスクに管理部長が鎮座していた。
「君が滝沢くんか、さあ、どうぞこちらへ」
雰囲気や口調こそ穏やかだが、どこか嵐の前の静けさを想起させる。
管理部長は、俺をソファに誘導しつつ立ち上がり、自らも対面のソファに腰かけた。管理部長は脚を閉じて、背筋を伸ばして座った。ドラム缶にどかっと座っていた芸術家の、あの粗野な雰囲気とはまるで違う。
彼が口を開く。どこか子供を諭すような態度に見える。
「……なぜ君を呼んだかは知っているかな?」
俺に緊張が走る。
「……なぜでしょうか」
彼はふう、とため息をつく。
「その……指数だよ。君はついこの前まで、普通の管理局の職員だったじゃないか。ずっと0.8あたりだったのに、最近になって急上昇して、2を超えつつある。指数2っていうのは、一般市民かどうかのラインだよ?」
「……はい」
一切、言い逃れできない。
「君も知っているとは思うけど、指数1.5超えたまま定期モニタリングを受けたら、最悪クビになっちゃうからね?分かってる?」
管理部長の優しい口調から、厳しい指摘の応酬が続く。
「存じております」
俺は苦々しく答えた。そう答えても、管理部長は変わらず心配そうな表情をしている。
「君は優秀な職員なんだから。直接ではないけど、君の仕事ぶりも見たよ?本来の君でいれば、今の私のポジション――管理部長だって狙える」
「はあ」
お世辞か本心かは分からない。ただそれは、本来の俺ではない。
「そうだな、君の身近な人でいくと……杉山くんみたいな振る舞いを心がけたらいいんじゃないかな」
杉山?冗談じゃない。確かに仕事仲間としては悪くないとは思っているが、どこか機械じみている。演算社会の優等生だ。
「杉山……ですか」
「そう。彼は管理局に非常に忠実だ。君も管理局員……演算社会の誇り高きエリートなんだから、変な気は起こさない方がずっと得だと思うよ?」
「……得ですね」
俺は、ロボットのようにガシャガシャと口を動かした。その電池も、切れかけているが。
「そうでしょ?そういうわけだから、これからも同じ仲間として、頑張って仕事しよう」
「はい」
お説教から解放される。そう思ったとき。
「あ、そうそう。滝沢くん、最後にひとつだけ」
「何でしょうか?」
どこか俺の口調から重苦しさが消えている気がする。
「何か悩みがあったら、遠慮なく言っていいからね」
俺は、ぐっと口角を持ち上げて答えた。
「ありがとうございます」
俺が自分のデスクに戻ってきたとき、ちょうど杉山は上司と昼食を済ませてきたようだった。杉山が俺に気づく。
「あ、滝沢。お疲れ」
「お疲れ」
「呼び出しの件は何だったんだ?」
俺の目が泳いだ気がする。
「まあちょっとね」
杉山が目を細めた。
「なあ、滝沢……疑うようでちょっと言いづらいんだが……」
俺は、続く言葉を予期していた。
「お前、妙なこと考えてないだろうな?」
図星だ。俺は必死に取り繕う。
「まさか」
「そのまさかだよ。大人しく指令に従っていれば、平穏で幸福。それでいいじゃないか」
「平穏で幸福、か」
俺の中にむなしく響く。杉山が、それをとがめる。
「なんだか遠い目だな。お前のために言ってるんだぞ」
ヒートアップするかと思われた矢先、赤城がひょこっと現れる。
「おいお前ら!最近気づいたんだけどゲージュツってすげえな!」
俺と杉山の流れがぶちっと切られる。俺たち二人は、一瞬フリーズした。
杉山がいらだちながら諭す。
「なあ、赤城。芸術は指数を上げるって前にも言っただろう?やめておいた方がいいぞ」
なおも赤城の興奮は冷めず、むしろ熱を帯びる。
「だって本当にすげえんだよ!こう……色がバーッてなって、アタマにガツンとくるんだよ!」
「それ以上はやめろ。お前たち、二人揃って何か変だぞ」
「変、か。……確かに、そうかもしれないな」
いつの間にか、俺はそう口にしていた。それは、ロボットが俺を動かして紡いだ言葉ではなかった。
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