シーン5:悩める目


星野 彰(ほしの あきら)

指令: 演算領域外観測業務従事者のため免除

因果律信頼区間: 2.5



俺が仕事をしていると、上司から声がかかった。


「滝沢、赤城、杉山。ちょっといいか」


「なんでしょうか」


「私とお前らの4人で、今から地球外飛来物の対策会議に出るぞ」


「隕石のことですか?」


「まあそんなところだ。宇宙からやってくる物体は迎撃する必要がある。……なんて言わなくてもわかるか。他の用事で行けないなら構わないが、さっそく行くぞ」


四六時中俺たちを見張っているワールドシミュレータは全知全能と思われがちだが、世界全体を見張っているわけではない。あくまで地球上の、地上部分に絞られている。宇宙全体を見張るのは計算コストがかかりすぎて不可能だし、人々の活動を見張るにはそれでほぼ事足りるからだ。逆に言えば、地下や深海、宇宙空間には、監視の目は届かない。


だから、天文学や宇宙開発は特別待遇を受けている。演算領域外の宇宙空間から地上に落ちてくる異物を排除するために。


特別待遇を受けている天文学者と、俺たち4人が管理局の会議室に座った。


上司が説明する。


「彼らが私の部下です」


俺たちはそれぞれ名乗った。


「滝沢蓮です」


「赤城大輔です!」


「杉山慎一です」


50代程度に見える天文学者は、きらりと光る目つきで俺たちを眺めていた。宇宙を見通す瞳とは、こういうものなのか。


「自己紹介ありがとう。私は星野彰。天文学者だ」


本題に入るかと思われたその時。


「滝沢くん、君はいい目をしているな」


いきなり俺が名指しで呼ばれて、不意を突かれた。


「目、ですか」


「そうだ。君、天文学者に向いているかもしれない」


「は、はあ。ありがとうございます」


意図が読めなかった。ワールドシミュレータの指令書も意図は読めないが、そのとき抱く違和感とは異なる感覚を覚えた。


「さて、本題に入りましょうか」


星野がプロジェクターを使って、自身の端末の画面を映し出す。画面には、地球、隕石、隕石の予測軌道の模式図が表示された。


「現在地球に接近中の隕石M8506は、このままだと75%の確率で大気圏内に突入し、市街地に落ちると試算されました。物的な被害は実質的にないものとして良いと思われますが、当該地域における大規模な演算誤差の発生が予想されます」


上司が反応する。


「それで、衛星軌道上の迎撃ミサイルの使用許可をいただきたいと」


「はい」


「承知しました。許可しましょう」


「ありがとうございます」


上司が流れを切る。


「……ただし、どのミサイルを使うかに関しては、検討の余地があります。これが会議の目的ですね?」


星野は冷静だ。この流れもあらかじめシミュレートしていたのだろう。


「そうです。管理局も予算が厳しいと伺っておりますので、お互いに妥協点を探りたく……」


会議は1時間ほどだっただろうか。見学させるというのが上司の意図だったのだろう、会議中の俺たちは置物だった。会議が終わり、休憩に入った。赤城が伸びをしながら言う。


「あー疲れた、管理局って隕石も管理してるんだな」


少し疲れた顔で杉山が返した。


「知らなかったのか?宇宙からやってくるものも演算社会の脅威なんだよ。俺たちが空を見上げるなって言われてるのは、演算領域の外側の情報を取り入れるせいで、指数が上がるからだよ。研修で言われなかったか?」


「忘れたー」


さすがに俺も呆れる。


「赤城、お前なあ……もうちょっと頭使った方がいいんじゃないか?」


「滝沢もそう思うよな」


しかし赤城は歯牙にもかけないようだった。


「俺はフィーリングで生きてるから!体育会系だし」


そういえばこいつは、大学時代にサークル活動をアピールして管理局に就職したようなやつだった。良くも悪くも、純粋なのだ。


すると、休憩室を星野が覗き込む。


「お、滝沢くん」


きらりと光る両の目が、俺を映し出す。その目に気圧される。


「何でしょうか」


「いきなりで悪いが、君は演算社会をどう思っているかね?」


俺の心の最奥が見通されているように思えた。心臓がどくんと跳ねる。


「どう、とは……」


「私はね、演算社会に違和感があるんだよ。演算の領域外から、領域内を見つめているからかもしれないが」


俺は困惑する。管理局の職員に話していい事なのだろうか。


「演算の、領域外……」


星野は構わず続ける。


「そう、私はついこの前まで宇宙で仕事をしていたんだよ。隕石を撃ち落としたり、天体観測を行ってね」


星野は額を手で覆った。手の下から覗く、鋭い目つきがいっそう際立つ。


「いざ地上に降りたら、なんだか息苦しいんだ。慣れない重力のせいじゃなくて……心が詰まるような感じだ」


俺が反応に困っているのも気にしない。


「君もだ」


「……え?」


言葉に切っ先があるとしたら、それで突き刺されたようだった。


「君も、同じく悩める目をしているんだ」


俺の脳裏に、沙耶が浮かんだ。牛丼屋のべたつき、10分きっかり座ったベンチのことが思い出される。


「もし良ければ後日、私の宇宙での仕事の話も聞かせてあげよう。君の話も聞いてみたい」


「えっと……食事のお誘いでしょうか?」


「まあそんなところだね。明日の夕方なんてどうかな」


俺の隣で、きらきらと目を輝かせているやつがいる。赤城だ。彼が割り込んでくる。


「俺もついていっていいですか!?」


まだ俺は行くとは言っていないのに。星野は落ち着き払って微笑む。


「もちろん」


「ありがとうございます!」


俺は杉山に目をやる。わずかに不安がにじんでいた気がしたが、すぐに表情を整えたように見えた。


「ご厚意は嬉しいのですが……。……予定が合わないので、私は遠慮しておきます」


星野は俺に目を戻した。心の奥が覗かれる。俺は緊張しながら返答した。


「はい、明日はよろしくお願いします」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る