シーン4:沙耶とのデート


桜井 沙耶(さくらい さや)

指令: 滝沢蓮と共に牛丼を食べた後、13時05分から公園のベンチに10分間座る

因果律信頼区間: 0.3



休日を迎える。ベッドで目を覚ます瞬間は、心が満たされる。だがそれ以上に、今日はデートの日だ。


俺はいつも通り、指令を確認して、トーストを焼きスクランブルエッグとベーコンを食べる。


いつも通りでないのはここからだ。指令書には、「桜井沙耶とデートせよ」との文言。既に沙耶とのデートの予定を組んでいる以上、実質的に何も指令していないに等しい。自分の見栄えが良くなるような服を選び、髪型を整える。時間に余裕をもって、家を出る。いつもの通勤電車の路線に乗るが、行き先は真逆だ。


すると、沙耶から連絡が来る。


『今日はお昼は牛丼ね!あと、映画鑑賞は中止!公園に行かなきゃいけない』


俺は、またか、と思った。ワールドシミュレータは、休日の俺と沙耶のデートプランを管理したがることが多い。沙耶と休日に頻繁に会っているからでもある。だいたいの場合、俺には「沙耶とデートしろ」とだけ書かれていて、沙耶の方に詳細な指令が行く。沙耶の方が指数が低いので、この方が管理しやすいのだろう。


修正後の今日のプランは、午前中はショッピングモールに行き、昼はそこで牛丼を食べる。その後は、公園に行かなきゃいけないらしい。沙耶は指令書に従いたがるので付き合ってあげているが、彼女を連れて、デートらしいおしゃれな店ではなく――わざわざ男臭い牛丼屋に行かなくてはならないのだ。


別に牛丼が嫌いなわけではないが、今日行くような場ではないだろう、と思うのだ。


コピーアンドペーストされたような無数のビル群の足元を歩いていくと、ショッピングモールに着いた。ショッピングモールという看板のついたビル、というのが正確だが。南口から入ったところで待ち合わせとなり、俺が先に着いた。休日だけあって人が多い。演算社会になっても、休日に混雑するところはやはり混雑する。


数分と経たないうちに、沙耶がやってきた。手を振って駆け寄ってくる。かかとの高い靴を履いているのか、少々走りづらそうにしている。


「蓮くんお待たせー!」


「沙耶、おはよう」


沙耶の黒い髪はくるくるとカールを描いており、黄色い星の首飾りが胸元に輝いている。淡いピンクで無地のトップスと、白く長いスカートが調和しており、黒いシューズがアクセントになっている。


「蓮くん、どうしたの?」


沙耶のぱっちりとした黒い瞳が、俺を見上げるように覗き込む。


「あ、悪い。ちょっとぼーっとしてた」


これは本当だ。だが、見とれていたとは小恥ずかしくて言えなかった。


「寝不足かなあ。今日はデートなんだから、ちゃんと起きててもらわないとね」


「そうだな」


沙耶には勘違いしたままでいてもらうことにした。


雑貨屋や服屋を回る。俺にはない感受性を持つ沙耶と一緒に物を見て感想を言い合うのは楽しい。ただ、そんな楽しい時間も一時中断しなくてはならない。


沙耶が時計を見て気づく。


「そろそろお昼だね、牛丼食べに行こうか」


「……そうだな」


やはりデートで牛丼を食べるというのはどこか変だ。二人で行きたいというなら良いのだが、別に沙耶も牛丼屋に行きたいというわけではない。


沙耶と俺は食券を買い、席に着く。テーブルが少々油っぽい質感を持っていて、俺の心にまとわりついてくるようだった。


ものの数分で、2人分の牛丼が届けられた。沙耶が先に口をつける。


「美味しいね!」


「美味しいな」


早い、安い、うまいとはよく言ったもので、確かに美味い。ただ、なんだか味がしない。砂を噛んでいるなどとは思わないが、どこか心が潤わない。これは、俺たちが選んだ時間ではない。


それからは2人とも無言で牛丼をかきこみ、いつもより短時間で昼食を終えてしまった。沙耶が満足げにつぶやく。


「これで、ひとつめの指令はクリアできた」


沙耶の指令はもう一つ残っている。


「今から近くの公園を探せば、時間がちょうどよさそう!蓮くん、一緒に行こう!」


「あ、ああそうだな」


沙耶の関心事は、公園で10分間座ることのようだった。


近くに公園など見つけたことがなかったが、探してみるとすぐに公園とベンチが見つかった。ワールドシミュレータの指令書が絡む物事は、不自然なくらいスムーズに事が運ぶ。シミュレータの掌の上なのだろう。


「えっと、あと10秒で座るからね。……3,2,1、今!」


沙耶とともに、俺は13時05分00秒に公園のベンチに座った。こんな行為に、何の意味があるのかはさっぱり分からない。座るやいなや、沙耶は10分間のタイマーを設定しているようだった。


「お昼過ぎだから暑いかと思ったけど、日の光が気持ちいいね」


「それはまあ……」


「蓮くんなんか変だよ?体調悪いの?」


また、沙耶がこちらを覗き込む。


「そういうわけじゃない。体調が悪いわけじゃないけど、なんだか胸のあたりがひっかかって」


「牛丼で胃もたれしちゃった?」


「うーん、まあそんなところかも」


また俺は嘘をついてしまった。10分というのはあっという間で、ぼんやりしていると沙耶が急に大きな声を出す。


「あ、あと5秒だ!3,2,1、はい終わり!」


13時15分00秒、2人でベンチから立ち上がる。沙耶は安堵する。


「良かった、これで安心だね!」


「……そうだな」


安心か。確かに、そうだ。でも、安心だけでは……心が乾く。


ふと、沙耶が何かを見つける。


「あの人何だろう?もしかして芸術家?」


沙耶が指さした方をじっと見ると、カラフルな汚れをまとっている男が、太陽光で銀色にキラキラ輝く缶を持ってうろうろしている。


あの男は、芸術テロのキャンバスにショッピングモールを選んだのか。


男が缶を置いたあたりで、白い制服の集団がやってきた。零化局の連中だ。男は制服の方をちらっと見るとすぐに走り出す。しかし、白い制服の方が速い。男はあっという間に取り押さえられた。男は、真っ白い車に乗せられて、どこかに連れていかれているようだった。乗り込む際、何かを叫んでいるようだったが、こちらには表情までは見えず、声も聞こえなかった。


俺と沙耶は、無言でその様子を見守っていた。時計を見ると10分間くらいの出来事だったらしい。


沙耶がつぶやいた。


「なんで芸術家は絵を描こうとするんだろう。怖いよ……」


沙耶の小柄な体が縮こまり、手は少し震えているようだった。俺は、どこまでも仕組まれた、だだっ広い『演算の聖域』にたたずみ、黙っていることしかできなかった。

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