第3話

「大学に行くのはどうだ?」

「えっ?」


 俺は真っ当な返答をした。

 これが一番正しく、未来を歩む若者には相応しい。


「未来に悩むなら、大学に行け」

「○大に行けみたいなこと言わないで」

「はっ、あのマンガやドラマは一時期流行ったな」


 面白いことを言うな。

 そう言えば、最近もモノマネ芸人がよくやるネタだ。賞レース向きでは無いが、面白いのは間違いない。


「だが、事実だ。迷うなら大学に行け」

「でも、行っても」

「時間稼ぎにはなるだろ」


 大学に行くことは、時間稼ぎだ。

 しかしその間に、迷いが吹っ切れることはある。

 時間は全てを叶える。癒し、心の向くままを見せてくれる筈だ。


「俺は大学には行かなかった。それは迷いが無かったからだ」

「そうなの?」

「ああ。俺は迷わなかった、迷う暇があるなら、命は無かったからね」


 迷うことはしない、躊躇うこともしない。

 あの日、師匠に憧れたあの日から、俺は迷うことを捨てた。

 底辺な情愛も、他人を思いやる感性も、迷いや躊躇いは判断を狂わせ、見失うことになる。


「だから俺は迷わなかった、迷えなかった、だからお前は、気が済む前で迷い悩め、そして未来を作れ」

「未来を、作る……」


 ポエムのような表現をしてしまう。

 はっ、俺の中に宿る、無駄な個性だな。

 こんなものは要らない。俺はそう吐き捨てる。


「俺のほんの戯言だ、決めるのはお前だ」

「参考にする」


 そうだ、その程度でいい。

 ただの戯言を本気で捉えるね。

 参考程度に聞いておけばよく、ユックリ消えて行く、彗星を見守る。


「この彗星に導かれたんだな」

「えっ?」


 俺はふと呟いてみた。

 女はキョトンとした顔をする。

 もしかして知らなかったのか? ここに足を運ばされたんだ。少しは知っていると思ってんだかな。


「あの彗星、ダリオン彗星は、迷える子羊を導き引き合わせる」

「ダリオン?」

「ああ、叛逆者の意味を持つリベリオンが訛ったものだ」


 叛逆者。いい響きだ。

 俺が今をこうして生きているのは、叛逆したからだ。反逆ではなく、叛逆と表するのも、忠義のなさの表れか。


「そうなんだ。迷える……」

「ああ」


 女はポツポツと呟く。

 長い前髪で顔の半分を覆い隠した。


「ねぇ、それじゃあアンタも迷ってるの?」

「えっ?」

「迷っているんだよね。だからここにいる」


 女にそう問われると、俺は動揺した。

 なんだ、お返しという奴か? ふっ、どうせ知らなくてもいい話で、興味も分からないだろうな。

 俺はつい独り言として口走る。


「ふっ、これは独り言だ。俺は昔……大切な人をこの手で見放してしまった」

「見放した?」

「ああ。それがきっかけで、俺は迷わなく済むようになった。だが、どうしても迷ってしまう」

「それが、大切な人を見放した……」

「ああ」


 俺は昔、そう今から十八年前。

 凄腕の殺し屋として名を馳せる以前。

 師匠をこの手で見放した。命を奪い取ったことを、出来るだけ柔らかく口にした。


「ふっ、お前には関係のない話だ」

「そんなことない」

「はっ?」


 いや、関係無いだろ。

 もしかして、同情でもしているのか?

 やめてくれ、俺に同情しても碌なことが無いぞ。


「大切な人が誰かは知らない。けど、迷うことならきっと後悔だよ」

「後悔、確かにそうかもしれないな」


 後悔と言われれば、そうかもしれない。

 気が付かないふりをしていたが、如何にもならない。思い知らされる言葉の重さに、俺は納得した。


「どうして欲しい?」

「はっ?」

「その後悔は、どうしたら消えるの?」


 俺の迷いを晴らそうとしているのか?

 無理だな。お前には無理だ。

 女は俺に問いかけると、つい本音を口にした。どうしようもないことだからな。


「俺を殺して、解放して欲しい」

「そう……うん」


 そうだ。そうなる。

 小さく呟くと、女は目を伏せている。

 顔も分からないし、気配も薄ら。完全に俺の意識を阻害した。


(そうだ、俺は解放されたい。この重力という重圧から……な)


 この重みは重力であり、重圧なんだ。

 師匠の命をこの手でかけたことが、如何しても歯痒く残る。奥歯をつい噛んでしまうと、同時に頭の中に違和感が込み上げた。

 この女、急に消えた。この俺の、元とは言え殺し屋の意識から外れるなんて、どんな神経を、どれだけ影が薄いんだ?


「なぁ、お前は……」


 バン!


 俺は女に声を掛けた。

 しかし振り返る間もない、答えも返ってこない。

 それよりも早く、発砲音が耳に鳴った。


「うっ!」


 突然の衝撃に意識が飛ぶ。

 頭が割れそうに痛い、それ以前に腕が、右腕が痛い。激痛が襲い、身動きが取れなくなると、俺はパタリと倒れる。


「一体……」


 俺はユックリ振り返った。

 うつ伏せで倒れ、眉間に皺を寄せる。

 何が起きたのか、確認しようとし、そこに居たのはいつの間にか背後に回り、俺の意識外に入り込んで女の姿、険しい表情……ではなく、サラリと澄ました顔をして、俺を見下していた。

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