第4話

 バン!


 背後に回って女は、俺の腕を撃った。

 滴り落ちる真っ赤な液体。

 ポタポタと流れ、服の袖に染み込まれる。


 一体何が起きた? 正直、初見では理解出来ない。

 だが、確かに女は俺のことを撃った。

 手の中には黒いピストル。何だあれは、あんなのは……


「なっ、そ、それは!?」

「コレはアンタの銃だよ」


 女の手の中に握られた拳銃。

 俺はそれを知っている。

 いや、知らないとダメだった。何故なら、それは俺が以前使っていた、そして決別の意味も込めて捨てたものだった。


「ダリオンタイガー。この拳銃の名前」

 

 女の手の中にある拳銃。

 名前をダリオンタイガーと呼ぶ。

 とてもカッコいい。やはりいいな、艶のある黒は……


「覚えてるよね?」


 女は語り始める。

 もちろんだ、覚えていない訳が無い。

 否、聞かされていない筈無い。


「この拳銃は、この世に二つしかない、ダリオンの名前を持った拳銃だよ」


 “ダリオン”それは、ダリオン・寅丸と言う男が作ったとされる、愛用の拳銃。

 白と黒の拳銃があり、ドラゴンの名前とタイガーの名前が当てがわれている。

 特別な意味を持つ拳銃であり、その引き金は真に認めた使い手にしか引くことが出来ない、特異な設計が施されていた。いや、ファンタジーだな。


「……ふっ」


 俺はつい笑ってしまった。

 いや、まさかあの拳銃にまた出会えるとはな。

 これは運命なのか? 俺は拳銃を睨む前に、女の顔を見た。


「その顔、ようやく分かったぜ」


 俺は女の顔にピンと来た。

 如何して分からなかったんだ? いや、分からないのも無理は無い。

 何故なら、目の前にいる女。その人物こそ、俺をこの場所に駆り立てた張本人だった。


「お前、師匠の……」

「孫だよ。ようやく気が付いてくれた?」


 そう言えば、師匠には孫が何人も居た。

 その中でも、特に小さく、生まれたばかりの赤子が居た。


 確か、女だった。

 もしかしなくても、そうだ。あの時、一度だけ見たことのある写真。そこに写っていた、若い頃の師匠にソックリで、俺はハッとなる。


「そうか、そう言うことか」

「うん」


 全てを理解した。

 この女は、師匠の孫は俺のことを殺すためにここに来た。

 全ては偶然なのではなく、引き寄せられた必然だった。まるで彗星のように、舐めたポエムだ。


「ダリオンタイガー。その拳銃に認められるには、誰かを殺める必要がある」

「うん」


 ダリオンタイガーに認められること。

 それはこの裏社会で最凶と恐れられること。

 最恐ではなく、最凶。そのためには誰かを殺すことが必須条件だった。


「そして、ダリオンタイガーに認められと言うことは、この裏社会せかいじゃ“最凶の殺し屋”を名乗るに相応しいと言うこと」


 この条件を満たすことが必須。

 そして俺は満たすことが出来なかった。

 代わりに女が、師匠の孫が認められたのは、皮肉にも運命だろうか?


「俺は今から十八年前、お前の祖母を殺した。そして手に入れた、ダリオンタイガーを……だが」


 ダリオンタイガーを手に入れた。

 そのために、俺は師匠を撃ち殺した。

 最凶であることを欲し、俺は師匠の世界を奪ったんだ。


 だがしかし、ダリオンタイガーは俺に応えてくれなかった。

 引き金を引いた時、ダリオンタイガーは発砲出来なかった。だからこそ、俺は別の拳銃を、最後の最後まで付き従ってくれた、ナイトメアホークの銃口を向け、引き金を引いたんだ。


「はっ、はは。ザマが無ぇな。まさか、ダリオンタイガーを求めて師匠を殺した俺が……」


 バン!


 その瞬間、もう一発撃たれた。

 背中に直撃すると、あまり激痛に体が拒絶反応を示す。でもそれが精々で、俺の体は動かない。大量の血が流れると、呼吸が乱れて熱くなる。


「くっ……その孫に、求めていたダリオンタイガーに撃たれるなんてな」


 まさか、師匠の孫に撃たれるなんて思いもよらなかった。

 祖母の仇討ち、それを果たされるなんてな。

 ダリオンタイガーは、如何やらそのために力を貸したらしい。


「はっ、はは、あっば!」


 もうダメだ。俺は死ぬ。そう確信した。

 今まで殺し続けてきた目標ターゲットはこんな気持ちだったのか?

 あはは、殺し屋に相応しい最期だな。認める、認めてやる。何より、師匠の孫にダリオンタイガーを手にした、新しい最凶の礎になるんだからな。


「喋らない方がいい」

「はっ、どうせ、死ぬ、んだ……なぁ、聞かせて、くれ。お前はこれから……」

「ならないよ(バン!)」


 女は一体何を求める。

 まさか殺し屋になるのか? お似合いだ。

 その冷たい眼差しなら、容姿のなんてしない、慈悲も無いだろうな。


「ぐはっ!」

「ならないよ、殺し屋には」


 撃たれて、溢れ出る血。

 もう動けない、息を吸うのも辛い。

 的確な射撃の中、殺し屋にはならないと宣言された。


「私は殺し屋にはならない。そう決めてる、でもこれは私が前に進むために、未来に行くためのケジメ。私達の家族の、未来のための祝いだよ」


 女は殺し屋になる気はない。

 これだけの腕を持ちながら、その決意は硬い。

 迷いがなく、家族と共に、より良い未来に行くことを決めている。


「はっ、未来のための祝い……か」

「うん。だから、アンタにはここで死んで貰う」


 確かに俺は邪魔かもしれない。

 障害でしかなく、苛立ちを隠せない。

 いつ何処で、俺の目が睨みを利かせているとも言えないので、正しい判断だった。なら、もう迷うな。


「いい、ぜ。好きし……」


 バン!


 最後の一発が容赦なく撃たれた。

 俺の骨の隙間を縫い、心臓を貫く。

 溢れ出る、大量の血。行き来が遠のく、痛みなど当に消え、俺の視界が崩れた。


(ああ、これが、俺のことを……はっ)


 彗星が俺を連れて行く。

 地獄の沙汰に連れて行ってくれる。

 いずれはこうなる運命だった。分かっていたんだ。だからこそ、俺はここに来た。そして、ようやく解放された。


 後悔なんて無い。そんなものは無い。

 殺し屋になった、憧れたその日から、俺の運命は宿命に変わる。


 しかし女は宿命を切り捨てた。

 運命を自らの手で決着を付け、未来を決めた。これは誰がなんと言おうと、祝福だと言い切れる。


「ふぅ。やったのは、お婆ちゃん」


 ふと空を見上げる女性。

 そこには彗星の跡が残り、煌びやかに瞬く。

 目を奪われる蒼白い筋に祝福されると、女性は拳銃を捨てた。


「こんなものは要らない、必要ないから、だから……」


 女性はすぐさま離れる。

 男性の遺体に手を合わせ、その想いを胸に刻んだ。この男性にも目的があった。きっと、殺し屋にならなければ、こんな未来は無かった筈だ。


 でも選んでしまった。選んだからこそ、訪れてしまった未来。

 女性はその決断に賛美し、同時に憂う。

 彗星の煌めきを背に追い、女性は前を向いた。


「私は大学に行く。そして、未来を突き進むから」


 そう言い残すと、遺体は一切見ない。

 振り向くこともしない。

 煌めいた彗星の輝きは、まるで未来を行く女性への手向け、祝星いわいぼしになって、燦然と燃えていた。

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ダリオンタイガーと祝星の瞬き 水定ゆう @mizusadayou

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