第2話

 ダリオン彗星の袂。

 俺と女は飽きることなく見上げていた。

 あまりにも壮大、怖いくらいに飲み込まれてしまう。常に口を開けている、いやこの景色自体が巨大な口なのだろうか?


(いいポエムだな……それにしても)

 

 つい笑みを浮かべる俺。

 本当は噛み締めたいが、気まずいな。

 俺は女のことを意識してしまう。


 もちろん、元殺し屋として常に自然体だ。

 だから悟られることはない。


 まさかとは思うが、恋愛とは違う。

 正直好みではなく、あの冷たい感じは毛嫌いする。


「綺麗」


 普通な感想を口にしていた。

 ダリオン彗星をわざわざ見に来た?

 よほど星が好きなのか? まあ、そんな若者も居るものだな。


「星が好きなのか?」

「……ううん」


 まさか違うのか!?

 それなら一体、如何してここに居るんだ?

 この場所は車を使わないと来れない、何よりも標高が高く、人の流入は限りなく少ない。


「この場所にはどうやって来た?」

「普通に」

「普通に、タクシーか?」

「想像に任せる」


 全くもって読めなかった。

 この無気力な人形のように冷たい声と目。

 心、ここに在らずと言った雰囲気だろうか?


「おじさんは?」

「おじさん?」

「うん」


 俺のことを言っているのか?

 確かに俺もそんな歳だね。

 仕方がない。もう還暦も過ぎていた。


「俺は……ある人に言われてな」

「そう?」

「ああ、縛られているんだ、俺はな」


 師匠に言われて来た。と言うよりも、師匠の言葉に引っ掛かった。

 そのせいか、縛られているように感じる。

 常日頃から、雁字搦め。求めていた答えとは真逆だ。


「人生に縛られた道化」

「ん?」

「なんでもない」


 いいポエムだな。俺は親指を立てる。

 かなり好きな表現で、確かに俺は道化師かもしれない。人生に縛られている、制限を掛けられているような感覚はあながち間違っていない。


(そうだな。ここにいる、ダリオン彗星を見に来たと言うことは、そういうことだな)


 俺がダリオン彗星を見に来た理由。

 いや、見に来させられた理由。

 それを踏まえると、何となく理に適っていた。


(とは言え、ここにいると言うことは……)


 ダリオン彗星に引かれている?

 惹かれあってしまったのだろうか?

 もしかして何か見えない縁がある? 俺はふと女の顔を見ると、何かしらの違和感を感じた。


「お前、なにか迷っているな」

「えっ?」


 心臓を撃ち抜いたらしい。

 サッと顔を向けられると、俺は「やはりか」と思う。


「迷え、若いんだ」

「おじさんになると迷わない?」

「さぁな」

「どっちなの?」


 若いから迷う、歳を取るから迷わない。

 それは違うな、それは違う。

 ただし、俺には答えられない。何故なら迷ったことが無いからだ。


「言ってみろ、年の功でなにか助言ができるかもしれないぞ」

「えっ?」

「独り言でも構わない。これは全て、俺とお前の独り言だ」


 何故だか相談に乗ってみたくなった。

 今の今まで、多少の恐れがあったからだろうか? 弟子を取ったことないからこそ、俺は何かの縁だと思い、気を許して独り言程度の相談を持ち掛ける。


「私は迷っているの」

「迷っている?」

「うん、未来が不安で、なにをしたいのか分からないの」


 女は未来への漠然とした不安に悩まされていた。

 あまりにも普通、あまりにも自然、何がしたいのか分からないなんて、そんなの俺に言わなくてもいい。いや、聞いてやった俺がバカなのか?


「はっ、くだらないな」

「くだらない?」


 あまりにもくだらなかった。

 俺には迷うことがなく、その悩みは伝わらない。


「ああ、くだらない。そんなもの、お前のような若い奴にはよくある、とてもありきたりで自然なことだ」


 若者がぶつかる、ありきたりな壁だ。

 何処にでも落ちている、自然な迷いであり、悩むことでは無い。

 寧ろ、それが普通なので迷って立ち止まっても構わなかった。


「それならどうしたらいいの?」

「はっ、俺が知るか」

「だよね」


 俺が知る訳がない。寧ろ聞くなと言いたい。

 そう思うと、女は「聞くんじゃなかった」と呆れる。

 そっぽを向かれるが、それでも「ふっ」と笑う。


「だが、一つ提案がある」

「提案?」


 提案ならしてやれる。

 そもそも、答えなんてものは千差万別。

 だからこそ、俺は非常にシンプルに返す。


「大学に行け、そこならお前の求める、未来への答えがあるかもしれない」


 俺は無難なことを口にした。

 あまりにも普通、THE普通。

 チラリと顔を見せた女はキョトンとした顔をするも、それが正しかった。

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