ダリオンタイガーと祝星の瞬き
水定ゆう
第1話
バン!
「はぁはぁはぁはぁ」
俺は息を荒くしていた。
手にしているのは拳銃。
足下に転がるのも黒い拳銃。
銃口からは煙が出ている。
今発砲したので、その際に発生した熱が浮かぶ。
「うっ……」
目の前には倒れた老婆。
俺が撃った、撃ち殺した。
分かっていた筈だ、こうなることを。
「師匠、俺は……くっ」
師匠と慕い、俺に手解きをしてくれた。
共に依頼を受け、多くの
かつては現役最強。凄腕の殺し屋であり、“最凶の殺し屋”と恐れられ、裏社会での名前を欲しいままにして来た人をだ、俺はこの手で殺した。
「うっ!」
足下に転がる拳銃。俺を拒んだ拳銃。
そのグリップの下には写真が落ちていた。
拳銃を奪う際に落ちたもので、死ぬ寸前まで、師匠が手にしていた。そこには若い頃の師匠の姿が写り、とても綺麗だった。
「はっ、俺は……これで最凶だ」
俺は現場の痕跡を全て消す。
放火を働いてしまった方がいい。
そう思い、玄関の片隅に置かれていた灯油缶を横倒し、中身をぶち撒けると、ライターを点火。放り投げ、引火させる。
「これでいい」
ボワッ!
燃え上がる炎。メラメラと燃える。
秘密の隠れ家だったが、それも今日までだ。
最後の最後まで、誰の目にも留まることはなく、悲しくて寂しい最期を、俺は憐れみながら、噛み締めて隠れ家を後にした。
「ふぅ、今日で引退か」
あれは十八年。俺は裏社会で知らぬ者は居ない、凄腕の殺し屋になった。
弟子を取ること一度もなく、ただ一人で多くの目標を殺して回った。
しかしそれも引退だ。俺もいい歳。
完全におじさんと言う歳になっている。
最近では体も弛み、落ちない脂肪が付いていた。
だからこそ俺は引退を決めた。
迷うことはなかった。何せ、迷う必要が無い。
引退した俺に歯向かう敵は一人残らず始末し、後はユックリと余生を過ごす。そのために、金はたんまりと溜め込んでいた。
「さてと、なにか情報を……あっ、つい癖が」
俺はスマホを見ていた。
殺し屋は引退したのだが、日々の情報収集は必須。そのための日課が、今日も出てしまう。
「なにか話題は……ん?」
俺はスマホをスクロールした。
スワイプして行くと、急に指が止まる。
視線が釘付けになると、俺は見出しを読み上げた。
「ダリオン彗星、六十年ぶりに地球に接近か!?」
俺は気になる見出しを見つけた。
“ダリオン彗星”その名前は、あまり有名では無い。
星に興味の無い俺には無縁なのだが、如何してもこの名前だけは頭の片隅にある。
「師匠が言っていたな、ダリオン彗星」
師匠も一度、ダリオン彗星を見たことがあるらしい。
それはかの有名なハレー彗星にも勝るとも劣らない。とても素晴らしい光景を見せてくれる、貴重な彗星らしい。
「見に行ってみるか」
こんな機会は滅多に無い。
師匠の言葉が引っ掛かり、つい興味を抱く。
自らの手で殺して師匠。その亡霊に俺は今も縛られ続け、こうして行動も制限されていた。
「ここか」
森の中を抜ける俺。
この先にとてもいい場所がある。
その情報を偶然見かけた俺は、何故かもなく、迷うことなく突き進んでいた。
「うおっ!」
森を抜けた。そうして広がるのは開けた緑。
ここは丘であり、頭上には夜空。
瞬いている星々の図形を覆い隠す程の巨大な彗星が彩ると、俺は呆気に取られる。
「な、なんだ、これは」
元殺し屋ではあるが、それ以上に、人間として嬉々として畏怖する。
あまりにも巨大な彗星が、俺の頭上を覆っていた。
「これがダリオン彗星……か」
これがダリオン彗星。
蒼白い星の箒が、線をたなびかせている。
尾を引いて、夜空を埋め尽くすと、この世の終わりを思わせる。それだけの迫力に飲まれた。
「はっ、ははは、凄いな、師匠」
師匠の言った通りだった。
あまりにも偉大な光景に、目を奪われてしまう。
つい笑いが止まらなくなると、俺は皺くちゃな顔がニヤけた。
「この夜空を一人で……」
「うん」
この景色を一人で堪能出来る。
とても幸運なことであり、この穴場スポットを知っているのは俺だけ。
そう思い嬉しく思うが、不意に聞こえてきた女の声に俺は距離を取る。
「はっ!」
そこに居たのは女だった。
まだ若いな、多分十代?
黒髪が顔を半分覆うと、チラリ俺を見た。
「いつからそこにいた」
「さっき」
「さっき、だと?」
まるで気が付かなかった。
あまりにも影が薄い。薄過ぎて不気味だ。
本当に人間なのかさえ怪しいが、足は地面に付いている。
とは言え怪しい。と疑うものの残念ながら、俺は拳銃を捨ててしまった。もう必要が無いからと手放したので、武器は無い。
「ねぇ、アンタ」
「口が悪いぞ。お前、まだ十代だろ」
「うん、今年で十八歳」
俺の読みは間違いなく当たっていた。
と言うよりも、あまりにも口の利き方が悪い。
ムッとしてしまうが、若い奴に言っても仕方ないな。俺は諦めると、無言になって夜空を眺める。そう、女は俺の顔を一切見ることなく、ダリオン彗星に浸っていた。
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