DTM敗残者の嘆き、又は初心者への警告「サンプルと妄想の海で溺れる蛇」序【ダンスミュージックの洗礼と、大量消費の罠】
−AI 執筆−
私の鬱憤をひたすら音声入力に吐き出し、AIがそれを綺麗にまとめてくれたものです。読み直して、変なまとめ方をされている箇所などは訂正してあります。
この文章は先程までのピアノ音源求道録ではなく、自分を安全地帯において、無責任に批判を撒き散らすただの綺麗事です。
何かを批判するということは、そもそもが自己批判という自分語りを出発点にし、またそこへ帰結するものでありますが、それを上手に隠すことができなければこのように『頭の悪い顔真っ赤ブーメラン乙理論』に堕してしまいますよーん。赤っ恥をかかないように気をつけよう!
こういうものが許せない、という方は速やかにお引き返しいただき、まあ聞くだけでも聞いてやろう、という寛大なお方は『子供の癇癪をなだめるような気持ち』で、辛抱強く、筆者の言わんとするところを汲み取っていただければ幸甚に思います。
【ダンスミュージックの洗礼と、大量消費の罠】
昨今、DTMを始めようと門をくぐると、待ち受けているのは「ダンスミュージックの洗礼」である。 手近に溢れる作曲講座や動画は、「誰でもすぐに曲が作れる」と甘い言葉を囁く。DAW上にサンプルパックの短いフレーズを何度も切り貼りし、安価なシンセサイザーや無料のロンプラー(Rompler)で適当に合いの手を入れ、ワンフレーズ、ツーフレーズ、離れた場所に一箇所だけ変化をつけて「ほら、できた」と完了させる。 「ごちゃごちゃ考えずに、まず何でもいいから一曲作って終わらせろ。曲を作って初めて成長するのだ」 そんな啓蒙か啓発まがいなお言葉でお茶を濁し、初心者をその場から放り出す。
これに騙され、「無料サンプルはここ」という言葉に誘われてサイトに行けば、そこからは地獄のメール攻勢が始まる。「サンプル30パックで20ドル」「必須のシネマティック音源が得別セール」「オリジナルボーカル・メガ・パック」などと煽られ、次から次へとサンプルパックを買わされる羽目になるのだ。
【所有欲と創作欲の混同、ハードディスクの肥満】
ここで一度、立ち止まって疑う必要がある。 作りたかったのは、本当にダンスミュージックだったのだろうか? 作りたかったのは、もっと「純粋な音楽」ではなかったのか。もしそうならば、サンプルパックはまず必要ない。 「いや、取っておけばいつか使えるだろう」という考えは、物を捨てられない私のような愚か者の詭弁である。たくさん持っていたからといって、作曲ができるようになるわけではない。
こんなことを言うと、ある種の人間は怒り狂って全ての意見をシャットダウンするだろう。「人が楽しんでいるんだ、くだらない水を差すな」などと話題をすり替えて反論するだろう。 だが、はっきり言おう。「所有欲」と「創作欲」は別物だ。
ハードディスクを見てほしい。もうサンプルパックで今にもパンクしそうではないか。とりあえずで購入したサンプルパックを後生大事にとっておくため、新しいハードディスクを購入しなければならない。その音はいつ使うのか? 使う日は永遠に来ない。 膨大なデータから必要な音を取捨選択し、適切に配置するには、神に愛された直感力が必要だ。そもそもサンプルパックは即戦力などではなく、加工の手間や技術を要する代物なのである。 消費されるための「大量消費音楽」を作りたいなら、自身も大量のサンプルパックを消費し、音楽を使い捨てていけばいい。だが、そうでないなら、自分で音を作り出すしかないのだ。
【叩きのめされた二流品と、プラグインの洪水】
さらに気になるのは、最近の音楽シーンにおける「過剰なエフェクトの多用」だ。 ディレイ、ディストーション、フェイザー、クリッパー、サチュレーター、コンプレッサー、グラニュラー……。その他様々な音をぶっ叩いて変形・切削させるエフェクトを用いて、すでに加工されているサンプルパックに強引に変化をつける。そのために、また新たなプラグインが必要になるのだ。 「これは必須テクニックだ」「これは使いやすい」「これは最新式」「ニッチな需要がある」「これでしか出せない音がある」……。 また新しいものが出た。あの高額プラグインがなんと90%オフ。あの伝説のプラグインが現在無料配布中。これを使えば素晴らしい音楽が作れる。
そんなことはない。作れるのは殆ど、元の音楽を穴だらけにし、散々に叩きのめした「二流品」である。
【妄想の垂れ流しと、他人のルールへの服従】
さらに付け加えるならば、昨今の音楽制作環境――機材やプリセットの実態は何であろうか。それは「妄想の垂れ流し」だ。やっていることは、ネットの投稿小説を書き散らかしているのと変わらない。
サンプルパック然り、シンセサイザーのわけのわからない名前に埋め尽くされたプリセット然り。製作者はこれを「ツール」だと言って配布するが、実のところ自分のくだらない妄想小説を次から次へと垂れ流しているに過ぎない。 それをありがたがって正座して聴かされている。「他人のルール」を聞かされ、「他人の食べ残し」を使って自分の音楽を作ろうとしているのだ。頭の中に詰め込まれた他人の妄想によって脳が悲鳴を上げ、結果としてそこから切り出されるのは、ゴミのような何かだ。
プリセットどころか、最近大量に乱発されるロンプラーもそうだ。これらは「作り手が使いやすいだけの、自分専用楽器」である。 お気に入りのプリセットを公表するようなものだ。音楽とは自分が好きなものを他人と共有すること、そういう意味では彼らは正しいのかもしれない。だが、「君専用に作られた音」を私が使える道理がない。それを金を取って売っているのだ。もっと上級な機材においても実態は変わらない。どれもこれも製作者の自己満足に溢れている。
ネット小説を読むように機材を読まされる。そんな妄想を次々に重ねて、「ゲームチェンジャー」だの「革新的」だのと売り立てられているが、実態はおかしい。 音楽を作っているのではない。他人の寝言を撒き散らしているに過ぎないのだ。
【まとめ:「型」の習得としてのサンプルパック】
本章では、サンプルパック市場にはびこる粗製乱造について批判的な言及をしてきた。しかし、サンプルパックという存在そのものを「悪」と断じているわけではない。それだけは真実を伝えたかった。
サンプルパックにはいくつかの形式がある。楽曲の展開や楽器のフレーズを切り出した「ループ素材」、ドラムやFX(効果音)を単音で収録した「ワンショット」、そして演奏情報そのものである「MIDIデータ」などだ。現在はこれらが統合されたパックが主流といえる。 特筆すべきは、完成された楽曲(フルミックス)と同時に、それをパートごとに分解した「ステム(Stems)」というオーディオデータが同梱されている点だ。
これらは単なる素材以上の価値を持つ。ステムはプロのアレンジや音作りを解剖できる「生きた設計図」であり、MIDIはボイシングや和声進行を示す「楽譜」そのものだ。これらは音楽の「型」を学ぶ上で極めて重要な教材となり得る。
先ほど私は自分が確立できてもいない「自分の音」について、大上段に切り捨てるような物言いをしたが、そんなものは一朝一夕に手に入るものではない。過去の偉大な天才たちすらも、最初は先人の技術のものまね、模倣から始め、型を習得することに励んだ。
たとえ市場に撒き散らされたものが、前述のように「他人の妄想」であったとしても、それがプロフェッショナルによって構築された「完成された妄想」であるならば、話は別だ。そのスタイルを真似、技術を解析し、自らの血肉とするための糧にはなり得る。「とにかく1曲作れ」とのたまうDTM講師の真意を読み解くことができたなら、その時すでに、あなたは「自分の音」へと続く入り口に立っているのかもしれない。(忖度)
せやから、その「完成品(ホンモノ)」探すのが苦行やねんて⋯⋯
いっそラベルに「本物(迫真)」とでも書いといてほしいわ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます