始まりの町の安全屋さん

浅葱

第1話 好奇心いっぱいの少女

 前世、守りたくても守れなかった人がいた。

 親友がある日突然姿を消した。どんなに探しても見つからなくて、五年後親友が持っていたスマホだけが山の中で見つかった。

 親友はどこに行ってしまったのか。生死すらわからないまま、俺はずっと彼に囚われていた。

 もし来世というものがあるのなら、今度は見失わないように、絶対に彼を守るのだと強く願った。

 そうして――



 *  *



 町の門をくぐってすぐ見える通りには屋台がところ狭しと並んでいる。

 その一角に、品物らしきものを何も並べていない風変りな屋台があった。笑顔の青年が一人いて、屋台の看板には、「ファースト町の安全屋」と書いてある。

 町に来たばかりの少女はなんだろうと、吸い寄せられるようにその屋台の前に立った。


「こんにちは、お嬢さん」


 青年は少女に、にこやかに声をかけた。


「こんにちは……安全屋って、何かしら?」


 少女の後ろには護衛と思しき男性二人が三歩程離れた位置で付き従っている。彼らはうさんくさそうに青年を眺めたが、青年は表情を崩さなかった。

 少女はどう見てもいいところのお嬢さんという出で立ちだった。


「この町での安全を守る安全屋です。例えばこの町に来た旅人が三日間滞在するとしましょう。その三日間、安全に過ごしたいと思うならこの安全屋にお任せを。一日銅貨一枚でスリからも、誘拐、強盗、殺人などの犯罪から貴方を守ります」


 少女は呆れたような顔をした。銅貨一枚なんて子どものお小遣いではないかと。

 けれど見たこともない職業に興味を惹かれたらしい。


「私、この町に三日間いる予定なの。私を三日間守ってくださる?」

「三日間でしたら、銅貨三枚いただきます。こちらに注意事項と禁止事項が書いてありますのでご確認ください」

「面倒だから読んでくれる?」


 そう少女が言っても、青年は笑顔を崩さなかった。


「では簡単にお伝えしますね。安全屋がお守りする範囲は、町の中だけです。町の外は対象外、もしくは別途料金がかかります。詳細はこちらに。また、もし守れなかった場合は返金します」

「町の外に出る気はないけど、これもつけてちょうだい」


 少女の目は楽しそうである。


「わかりました。そちらの料金は後払いで発生しますのでよろしくお願いします。それから、もし契約中に契約者が犯罪行為を行った場合は契約が解除され、僕は犯罪を犯した契約者を拘束、町の防衛隊に引き渡します。そして最後に、僕を勧誘しないでください。一応こちらを読んでおいてくださいね」

「わかったわ。勧誘しないでなんて、すごい自信ね」


 少女はそう言って笑った。

 少女の後ろにいる護衛が不服そうに青年に銅貨三枚を払う。


「毎度あり。それでは、ファースト町を存分に楽しんでください」


 そう言った青年の手からキラキラした物が出て、少女の服の胸元に丸い何かの文様のような物が付いた。


「? これは何かしら?」

「それは目印です。お嬢さんに何かあればすぐにでも駆けつけます。契約終了と共にそれは消えますので、ご安心を」

「ふうん?」


 少女は不思議そうにその文様を眺めた。聞きたいことは沢山あったが、近くの屋台の串焼きがおいしそうに見えたので、少女の意識はすぐにそちらへ持っていかれたらしい。

 青年は笑顔で少女を見送った。



 安全屋は町の門が開いた朝のうちだけ開店している。


「今日は三人か……」


 青年は屋台をマジックバッグに片付けて呟いた。昨日から逗留している客が二人いるので、今日は五人の安全を守る必要はあるが、青年にとっては大したことではない。

 魔法で町のマップを出して契約者の状態を確認すると、青年はそのまま近くの食堂へ向かった。


「こんにちは、お姉さん。お届け物はありますか?」


 恰幅のいいおばさんが出てきて、「やだよ、この子は!」と嬉しそうに言った。


「この朝飯をロクさんとナナさんに届けておくれ。よろしくね」


 おばさんはそう言って、青年に銅貨を六枚渡した。ここの朝食は銅貨三枚で食べられる。青年はにんまりした。


「行ってきまーす」


 青年はおばさんに持たされた朝飯をマジックバッグに入れると、とんでもないスピードで駆けていった。

 マジックバッグを使っての配達サービスはなかなか好評で、青年はそれで小銭を稼いでいた。青年は身体強化魔法と俊足のスキルを持っている為、配達は主にそれらを駆使して行っていた。

 三軒目の配達を終えたところで、頭の中にアラームが響いた。

 マップを出して確認すると、契約者の少女の近くにスリがいるのがわかった。スリをしている少年は常習犯で、青年は何度か捕まえたことがあった。


「うちの客に手を出したら今度こそ防衛隊に突き出すけど……」


 スリは少女に一瞬近づいたが、何かに気付いたらしく離れていった。おそらく、青年がつけた目印を確認したのだろう。

 青年からすると、顧客に被害が及ばなければどうでもいい。

 少女は市場で買物をしているらしかった。


「だいぶ危険察知の精度が上がったな……」


 そう呟いて、青年は次の配達先に向かった。



 少女は好奇心旺盛らしく、町の治安が悪い場所へも足を延ばしていた。


「おいおい……」


 頭の中で鳴り響くアラームがうるさくて、青年は危険察知のスキルについても調整しないといけないのではないかと思った。

 ごろつきが少女に近づいていくのがわかり、青年は急いで現場へ駆けつけた。


「ようよう……」

「サン、そこまでだ」


 ごろつきが四人、少女に近づこうとしたところで青年が到着した。護衛がごろつきに気づき、少女を守るように前後につく。


「なんだ、てめえの客か」

「そうだ」

「じゃあ、やめとくか。ここいらはすぐ因縁付ける奴がいるから、身なりのいいお嬢さんはご遠慮いただけないですかね?」


 ごろつきはそう嫌味を言うと去っていった。


「……あなた、顔が広いのね」


 少女は目を丸くして呟いた。


「まぁそれなりに。ところでこんなところになんの用ですか? お嬢さんが来るようなところではないと思いますよ?」

「どういうところか見てみたかっただけよ」


 少女はそう言って笑い、護衛を伴ってその通りから治安がいい方へ歩いていった。

 困ったお嬢さんだと青年は思った。



また明日更新します。短編です。

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