第9話 戦後処理 

 一方、猪熊は、自分の価値が、低くなったことが、受け入れられず、誠を、懲らしめようとしても、一向にその見通しが立てられなくて、人知れず悔し涙を流して、周りの人達を恨んでいた。誠がそんな、猪熊を見たのが、その時が最後で、それ以来、誰も猪熊を、見ることは無かった。

 いつの事だったか、誰かが、「猪熊は、退所したんって」と、誠に、話した人がいた。誠は、「そうか」と、天を仰いで呟いた。


 誠は、寂しかった、猪熊がいた頃あった、高揚感が、今の作業所「ハトさん」に無いのが不満だった。

 誠は、その不満を引きずりながら、少し、ウツ気味になって、作業所「ハトさん」での毎日を送っていた。


 そんなある日、誠は、ポケットに手を突っ込んで背中を丸めた猪熊を見つけた。

猪熊もこちらに気づいたようだ。

 そこで、誠は、手招きして猪熊を誘った。

 すると、猪熊は、肩を怒らせて誠の所にやって来た。

 「おう、誠!」

 「猪熊」

 誠は、猪熊にまだ力が残っているのを見て安心した。

 「猪熊、ハトにこないか……」

 猪熊は誠の本心が、分からなかったが、誠への復讐の機会を得て目を輝かせた。

 「おっ、いくぞ、いくぞ、いくってばよ」

 猪熊は、大喜びして、その申し出を受けた。


 猪熊は、作業所「ハトさん」に来ると、早速、昔の仲間を集めて、誠の仲間達を脅かすようになった。

 誠の意図は、そこにあった。

 猪熊を、悪役に仕立てて、あの頃のあった高揚感を、取り戻すのが狙いだった。

 しかし、誠の仲間達は、猪熊の出現に恐怖して、誠の元に、集まってきた。

 仲間たちは、みんな、物言いたげな様子だった。

 「みんなの気持ちは、分かる、少し辛抱してくれ」

 「嫌だ」

 そんな光ちゃんの声もあったが、「誠が言うなら」と言う、リサの一声で仲間たちは、猪熊を受け入れることになった。

 でも、怖いのは、猪熊も同じだった。

 猪熊も誠も、リサも、光ちゃんも、その他大勢の人達は、お互いに、プルプルと震えだした。

 誠は思った。

 ……このプルプル感が、たまらん……

 誠とその仲間達は、休憩時間に、このプルプル感から逃れるために、面白い話をしたり、カードゲームに興じたりして、その恐怖から目をそらして過ごしていた。

 誠は思った。

 ……おっ、活性化しているぞ……

 でも、時々、猪熊の嫌がらせや、破壊工作をしている事に、誠の仲間達の不満は高まっていった。

 誠は、対応に苦慮していた。

 すると、綾香が見かねて、誠に声をかけた。

 「あなたが、猪熊を受け入れた選択を支持します……」

 「?」

 誠は綾香の話を怪しんだ。

 綾香は続けた。

 「あなたは、誰も見捨てない、強い心の持ち主だから…」

 誠は、思った。

 ……そう言う訳ではないんだけど……

 綾香は、普段の愛くるしい姿に戻って、笑顔で誠に提案してきた。

 「猪熊さんと、誠さんの争いは、意見の違いからなんでしょう……」

 誠は不思議そうに思いながら、綾香の言葉を聞いた。

 ……第三者から見るとそう見えるのか……

 困惑している誠には、考えられない発想だった。

 綾香は言う……。

 「相手と意見が食い違う時は、敵意をむき出しにしないで、相手を、敬愛している気持ちを、言葉にも行動にも表す様に努めることが、大切なんです」

 誠は反発する

 ……そんな馬鹿な……

 誠は、今まで、相容れない相手は、罰して導く事が大切だと考えていたから、容易にその話を、受け入れる事が出来なかった。

 でも、誠は、綾香の話について思うことがあった。

 いつも優しい綾香のことだから、自分のうかがい知れない真実がそこにあるのだろうと思い直した。

 そう思ったのは、現実的に猪熊の抵抗に打つ手が、もうなかったからなのかもしれない……。



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