第7話 用心棒

 誠は、猪熊から奪われた縄張りを、取り戻す作戦を考え始めた。

 誠は、考える。

 ……力ってなんだ? ……

 確かに、猪熊と、戦う時には、猪熊だけでなく、その上のルールを作れる、強い人達の大きな力が邪魔になる。

 それを避けるには、ルールを作れる強い人間「支援員さんたち」の大きな力の動きに注意しなくてはいけない……。

 でも、その種の力は、無欠ではない、強力なのが故に、最初は、ゆっくりとしか動かせず、その力のインパクトが、決まるまでは、時間が掛かるからだ……。

 その大きな力が、誠の頭上に落ちる前に、猪熊を倒せば、この勝負、勝てるかもしれない……。

 誠は確信した。

 ……勝って、安心して仲間たちと過ごせる、自由な世界を、取り戻そう……

 誠は、そこで、時間との勝負に賭け、短期決戦で猪熊との対決を決意した。


 誠が、決意を固くしたある日、自分の家の部屋で、こたつで暖をとって、くつろいでいると、ウトウトと、寝入ってしまった。

 誠は、長い夢を見た。

 それは、滑稽で痛快な、猪熊と戦う夢だった。

 夢の中で、誠は、猪熊と戦う作戦を練っていた。

 誠は思った。

 猪熊と、戦って勝つには、明らかに劣勢な、戦力の差をどうやって、埋めればよいのだろうか……。

 誠は思った。

 ……今のままでは、猪熊には勝てない……

 誠は、戦いが始まるまで、時間が余りなく、その間に、何とかしないと……。

 しかし、普通の考えでは、簡単に、その穴は埋まらない……。

 誠は、その事に、焦りと迷いが募るばかりだった。


 戦いの数日前の夢、誠は、自分の部屋でカラーボックスの簡易本棚を見ていた。

 本棚の陰にある、名刺サイズのカードの入った、ケースに手を伸ばした。

 ケースの中には、五人の名前と連絡先が記された、5枚のカードがある。

 その内の一枚は、亡くなった人のもので、それを除いて、残った四枚の中から一枚を手に取った。

 誠は、思った。

 ……私を、覚えているだろうか?……

 誠は、迷った末に、携帯を手に取って連絡した。

 誠は、夢の中で、その相手とつながった……。


 場面が変わって、猪熊との戦いの用意が、整うと、誠は、支援員の少ない今、猪熊との戦いを始める事にした。

 誠は、光ちゃんと、綾香を、後方にさがらせて、戦いに、巻き込まれない様にした。悠作は、後詰めで、誠が猪熊より優勢になった時、戦いに参加する手筈だ。


 誠は、戦う……。


 作業所「ハトさん」の昼の休憩時間に、猪熊に戦いを挑むため、リサをつれて作戦を開始した。

 程なく、誠とリサは、ターゲットの猪熊を捉えた。

 誠は、リサと一緒に、猪熊に戦いの火ぶたを切った。

 誠とリサは、用意された、因縁を猪熊に吹っかけて、戦い始めた……。

「おいコラ、猪熊、好い気に、なってんじゃねえぞ!」

 誠は、そう怒鳴って、猪熊に眼を飛ばした。

 リサは、可愛く……。

 「なめんなよ」

 「?」

 猪熊は、ビックリしたが、デメェなんか怖くねぇぜとばかりに、ガンを飛ばし返した。睨み合いの中で、視界の広いリサが、猪熊の仲間が、猪熊の応援に来た誠に、耳打ちした。

 「ん」

 誠の勢いは、少し無くなっている。

 すると、誠は、リサに、「安全なところに行くように」と言った。

 リサは、マコたんは、ダイジョブなのかな? と思っていたが、怖くなったので、言われた通り後退した。

 誠は、その後、簡単に、三人の人間に囲まれた。

 リサは、思った。

 ……マコたん、全然、ダイジョブじゃ、ないじゃん……

 しかし、誠は、全然、臆する様子が見えない……。

 リサは、思った。

 ……マコたんには、何か、策があるのだろうか? ……

 

 猪熊の仲間は、誠の胸倉を掴んで、左右に大きくゆすった。

 「ヘヘッーおめぇ、ションベン、チビッタか?」

 猪熊は、誠に、お下劣な言葉を浴びせた。

 配下の二人も、誠を小馬鹿にしてハシャイデいた。

 猪熊が、調子に乗って吠えた。

 「世の中は、力の強い者が、勝つんだよ。てめぇ、見たいな奴は、強者のエサなんだよ,オイ、何だその目付き魚の腐った目だてばよ……」

 猪熊は、誠を、吊し上げてやりたい放題だった。

 リサは、『こりゃダメだ』とガッカリしながら、成り行きを見守る。

 誠は、敗北に向かって、一直線の、孤立無援の絶体絶命の窮地だ。


 その時だった。

 大きな影が動いた。

 「ガサガサ」

 物音がする。

 誠は思った。

 ……来たか……

 その時、突如、大男が現れた。

 男は直ぐに、猪熊の仲間達の二人を相手に、恐ろしい形相で、「ウラ、ウラ」と、叫びながら迫った……。

 猪熊の仲間たちは、驚いて応戦するが、男は、大きな体で目の前に、立ちはだかって、恐ろしい形相で相手を威圧した。

 直ぐに、お互い、睨みあって対峙すると、その男は、何も言わず、猪熊の仲間たちの前で、ポキポキと、指を鳴らして見せた。


 猪熊の仲間たちは、その行動に、「男が、何を、するか? 分からない」と、云う、言い知れぬ恐怖に震え始めた。

 猪熊の仲間たちは、その男に、痛みの伴う暴力を、振るわれるのではないかと怯えると、浮足立った。

 少しずつ、猪熊の仲間たちは、後ずさりしていく……。

 猪熊が、『お前ら、逃げるんじゃない』と、大声で言って、猪熊の仲間を、踏み留まらせようと鼓舞する。

 男は、それを見て、「おおおー」と雄たけびを上げると、猪熊の仲間たちは、「もう、やってらんない」と思って、猪熊を、なげだし一目散で逃げだした。

 猪熊の戦線は崩壊した。


 猪熊は、逃げる事も叶わず、その場に立ちすくんだ。

 直ぐに、誠は、その男と一緒に、二人で、猪熊を囲んで、威圧した。

 誠が、猪熊を責める。

 「猪熊、貴方は、強者ではないようだな、カス、見たいな奴だぜ……」

 男が、誠の後ろに控えて、ジッと、猪熊を睨んでいる。

 猪熊は、怖くて仕方がなかった。

 すると、更に、悠作に、来いと言う合図をして、猪熊の傍に来させて、三人で猪熊を怖がらせた。

 猪熊は、自分の状態に愕然とした。

 リサが、増援が来ないか周りを見ていたが、誰も来ないと見ると、猪熊を、ビビらせることに参加した。

 形勢は、男の出現によって一瞬で逆転した。


 誠は、戦いのヤマを越すと、男に声を掛けた。

「のぶゆん、良く来たな」

「おぅ」 

 のぶゆんと呼ばれた男は、本名、「大山信行」と、言って、空手を、やっている、武闘派の誠の友達だ。

 のぶゆんは、格闘技を、やっているだけに、背が高くて、細マッチョであるが、屈強な男で、ゴツゴツした顔つきが、凄くて、戦えば、鬼神の様に恐ろしい……。

 作業所「ハトさん」のみんなは、このケンカを、遠くから見ていた。

 優劣は、誰の目にも明らかだ。

 誠たちは、猪熊に勝利した。

 そして、何事にも動じなない、この、のぶゆんを見て、仲間たちは、MVP賞は、 彼のものだと思った。

 みんなは、のぶゆんを見て思った。

 ……のぶゆんは、カッコいいなぁ……

 のぶゆんは、そんな雰囲気が、皆にあるのが、分かって、心地良かった。

 猪熊は、戦意を喪失した。


 猪熊は、この場を一刻も早く立ち去ろうとしたが、腰を、抜かしてしまい、キョロキョロと、床にはいずりまわって、辺りを見まわすしか出来なかった。

「マコたん、こいつ……」

 のぶゆんは、汚いものでも見る様に、猪熊を蔑んだ目で、見降ろしている。

 誠は、のぶゆんに言った……。

「ほっとけ」


 すると、のぶゆんは、猪熊に、プロレスの技を掛け、床にヒザマ付かせた。

 猪熊悲痛な声を上げる。

「おゆるしおー」

 猪熊は、恐怖のあまり、鼻水を垂れ流しながら、泣いて、許しを請うた……。

 誠は、猪熊を、哀れに思った。

 誠のそんな気も知らず、のぶゆんは、猪熊の頭を、拳で、小突く……。

「ゴツゴツ」

 すると、猪熊の恐怖は、頂点に達する。

 そんな様子を見ていた、みんなは、猪熊の没落に、「いい気味だ」と、興奮した。

すると、皆の中の数人が、猪熊から受けた、日頃の恨みを、のぶゆんのように、晴らしたいと思って猪熊への敵意をあらわにした。


 いったん、流れ出した、その流れは、誰も止めることは、出来なかった。

 誠は、そろそろ、潮時と思い、引き上げの頃合いをうかがい始めた。

 「その辺で、止めたら……」

 誠は、のぶゆんに言った。

 「ん」

 のぶゆんの反応が、良くない……。

 誠は、それに、腹を立て、キットっと睨んで一言……。

 「止めろ」

 のぶゆんは、つまらなそうに一言……。

 「ちぇっ」

 のぶゆんは、猪熊を、いたぶるのを止めた。

 そこで、誠は、長い夢から覚めた。


 誠は、気づいた。

 ……そうかアイツがいたか……

 誠は、早速、のぶゆんに、携帯をつないだ。

 誠は、のぶゆんと夜が更けるまで話をしていた。


 翌日、作業所「ハトさん」に、のぶゆんがやってきた。

 光ちゃんがは、屈強なのぶゆんを見て感嘆を漏らした。

 「凄いぞ、のぶゆんさん」

 光ちゃんが、目を輝かせている。

 リサが、そんな様子を見て、にっこり笑う……。

 「マコたん、こんな凄い人が、友達なんだね……」

 「まあね」

 悠作は、彼に興味を示し、誠の顔の広さに驚いていた。

 のぶゆんは、誠と、誠の仲間達に歓迎されて大喜びだった。

 「オス」

 それは、口数の少ない、のぶゆんの喜び方だった。

 実際においても、のぶゆんの働きは、夢の中と同じで、猪熊の我がままを、抑えることが出来た。

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