第5話 敗北
そこで、猪熊は、戦闘員を集める事にした。
とは、言っても、子飼いの信義と寅蔵だけだが……。
猪熊は、そこで、二人を招集した。
猪熊が誠たちと、戦える様に戦闘準備を整えた、ある日の事である。
作業室で、お昼の食事を終えた後、そのまま、一時間の休憩時間になると、支援員さん達は、事務室に引き上げた。
すると、作業室は、人もまばらで閑散となり、猪熊達が、ここで、戦いを仕掛ける、最高のお膳立てが出来ていた。
この舞台は、作業所の建物の中で、一番大きな部屋になっている場所だ。
そこは、台所の流し、や、冷蔵庫、最新式のオーブンや、テーブルや椅子がいくつもある多目的室である。
そこは、作業する場にもなっている。
蛇足だが、作業室の外にある風除室は、タバコの部屋になっていて、喫煙者が、そこで、寒さに震えながら、毎日、スパスパとタバコを吸っている。
一方の誠とその仲間達は、静かな休息室に集まって、楽しく雑談しながら、今日の疲れを癒していた。
「疲れたね、お疲れ様……」
「はい」
男性陣は、今日の疲れに、それだけ言うのが、精一杯で、体が思う様に動かず、疲労困ぱいだった。
そこに、嫌われ者の猪熊が、誠のそばにやってきた。すると、猪熊は、誠に因縁を付けて、戦いを挑んできた。
「おう、誠! 好い気になっているなよ、ちょっと、コッチに来い……」
誠は、突然の事で驚きながら振り向くと、青筋を立てた猪熊の顔を見た。
「声が大きいですよ、みんな、ビックリするじゃない」
「ふん」
猪熊は、誠の反撃をやり過ごした。
ところが、傍にいた、悠作は、取りあえず、丸く収めようと、猪熊に、「あのう……」と、声を掛けた。
すると、猪熊から「馬鹿野郎」と、余計な因縁をもらい、悠作は、猪熊の雄叫びの恐怖で、全身が硬直すると、オデコの筋から幾筋もの冷汗が流れていた。
それは、まるで、蛇に睨まれた蛙である。
そんな、悠作を見て、誠は思った。
……悠作は、こうゆうのには向いてないんだよなぁ……平時に強くて、戦時に、弱い性格だもんなぁあ……
そこで、誠は悠作に、光ちゃんと綾香を連れて後方の別室へ後退するように言った。すると、悠作は、了解して、光ちゃんと綾香を連れて別室の部屋へ後退していった。
猪熊の招きで、大きな部屋の場所に行ったのが、誠とリサだった。
誠は思った。
……まだ、これなら一対二で、数で押せば、この危機を、乗り越えられる……
でも、猪熊は、涼しい顔をしている。
……俺の強さを思い知らしてやる……
そう思って、猪熊は、自分の不利な状況を、コレポッチも、気にかけないで悠然と構えていた。
誠は猪熊に文句を言った。
「自分のことばっかり、言うなよ、それは、自分勝手な話じゃないか?」
誠は、必死に抵抗した。
そして、リサが誠を援護する。
「そうよ、マコたんが、どれだけ苦労したと、思ってるの」
猪熊は、自分勝手な理屈をこねる。
「力の強い者が、天下を取るんだよ、勝てば官軍ってばよ」
「……」
二人は、猪熊の勝手な言い草に、呆れていた。
猪熊は誠を、猪熊の力でねじ伏せられれば、一番良いが、そうでなくても、ここの権力者は、俺だと、作業所の皆に、印象付ければ、それでよかった。
何故、そんなことをするのか? 精神障碍者だからだ。
そこで、決定的な差を、猪熊は、誠に見せつける事にした。
猪熊は、叫んだ。
「おい、野郎どもこいつ等に、顔を、見せてやりな……」
「おお」
奥に控えていた信義と寅蔵が、鉄仮面の様に、無慈悲で残虐な顔をしながら、「オメぇは、嫌いだぜぇ」と、言う気持ちを前面に出して、前線に突如として現れた。
「……」
これには、さすがの誠とリサは、驚きを隠せなかった。
……こんなに、強い人達がいたなんて……それに、他にも、まだ、いるかもしれない……猪熊は、なんて強いんだ……
すると、猪熊達は、動揺している誠とリサに、向かって、束になって、総攻撃してきた。
信義が吼える。
「誠、おめぇは、目障りなんだよ、愚図は、愚図らしく、大人しくして、ハジケルんじゃねえぞ」
誠は、思わず口をかむ。
「ぬ」
すると、寅蔵が、猪熊の優等性を称える。
「この猪熊様は、この施設を作るとき、猪熊様の親様が、莫大な寄付をしたんだぞ、お前なんかに、それが出来るか、『けっ』、足元にも及ばなぜぇー」
猪熊は、二人を見て、ご満悦だった。
最後に、猪熊が、二人を脅した。
「オメぇたちは、何がしたくて、そんな事をするんだってばよ、それは、やがて、みんなの負担になって苦しむことになるんじゃないか? でばよ……」
誠は猪熊の言葉に、迷いが生まれた。
……俺がしてきた事は、みんなの負担だったのか? ……
誠の迷いは、辛うじて保っていた戦力のバランスを崩して誠の戦線は崩壊した。
戦意を失った誠とリサは、戦域の大きな部屋の場所から逃げ出した。猪熊は、逃げていく2人に、「ははあ」と笑って、下種の笑みを浮かべた……。
戦いは終わった。
誠とリサは、この失態を、作業所の皆に見られて、冷たい視線を感じると、心が引き裂かれるほど辛くなった。
リサが誠に、悲しそうに声を掛ける。
「負けちゃったね」
「ああ」
誠は、リサの視線を外しながら、呆然とした顔をして、悲しそうにしていた。
誠は、明らかに、打ちのめされていた……。
リサは思った。
……マコたんは、私が守る……
リサは、誠の肩に自分の肩を寄せて、何も言わずに、誠の悲しみが言えるまで、ジッと、そうしていた。
誠は、悔しくて情けなくて、リサに気づかれないように、一粒涙を落とした。
リサはそれに気づいたが、見て見ぬふりをしていた。
……涙が流れる程、一生懸命に努力したんだね、誰にでも出来る事じゃないよ……
すると、誠の心は、男のこころの世界にあるという、ヒーロー惑星に、遥か遠くへと、旅立った……。
残されたリサは、「えっ」という感じで、誠の心が、自分の手の届かない所に、行ってしまったと号泣した……。気が付くとリサの傍らに綾香がいて、リサを慰めた。」
リサは、綾香に訴えた。
「彼のもとで、彼を慰めてあげなくちゃ……」
綾香は、首を振った。
「誠の心が、私達の所に、帰ってくる事を信じましょう」
リサは、それが正しい事だとは思わなかった。
リサが、思ったことは、誠の元にいて、彼の悩みを、聞いて、慰めて、応援することだった。
でも、ヒーロー惑星に行った誠と交わす、リサの交信は、ままならいでいた。
リサは、それが、悲しくなって涙を流すと、そばにいる、綾香も一緒に泣いた。
リサは、やがて落ち着くと、綾香の話にコクリと頷いて、誠の様子を、遠くから見守ることにした。
それからの誠は、魂の抜けた虚ろな人間になった。
作業所のみんなは、誠の余りにも不甲斐ない様子を見て、呆れると、相対的に、猪熊の株が上がっていった。
……我らのボスは、猪熊様だ……
その結果、誠が、一生懸命、作ってきた仲間、「マコたん・ブランド」は、猪熊によって、音を立てて崩壊した。
誠は、「マコたん・ブランド」の再起を、はからねばならなかった。だが、誠は、自ら行動を、起こす気にはなれなかった…。
支援員のソルトさんは、知らぬぞんぜぬで、臭いものに蓋で、この行為を黙殺した。事務室では、この件について有効な手が打てなかった。
誠は、思い知った。
……どうせ、また、幸せの果実を作っても、猪熊やその二番煎じの様な奴らに、取られてしまう……
誠の心の中には、猪熊の恐怖が、心のキャンパス一杯に、染まっている様だった。
その頃、悠作と綾香は、元気のない誠の代わりに、他愛の無い会話で、仲間達を楽しませたり、皆で作業を行い、作業の後は、皆でトランブ遊びをして誠の穴を埋めていた。
一方、誠に勝った猪熊と言えば、得意絶頂になって、ガゼンと、気持ちに勢いがついた。
猪熊は、作業所で朝から、「俺は、『ボス・キャラ』で、とっても偉い人間だ……」と、思わせる、嘘八百の武勇伝を、作業所「ハトさん」の皆に話してご満悦だった。
何も知らない、作業所のみんなは、猪熊の業績に、感嘆の息を漏らした。
猪熊は、それが、嬉しくてたまらなかった。
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