第4話 でる杭
誠の変化は、事務室の内で話題になっていた。
「最近、誠さんが元気になったね」
「そうね」
支援員さんの有希さんは、心配そうに言う……。
「コミュニケーションのやり方を、勉強している見たいだけど、周りの人たちに、それを強引に、広めようと、周りの人巻き込んで、騒動を起こさないといいんだけど」
「確かに」
支援員さん達は、施設長の坂井さんの一言に頷くと、お互い「そうね……」と、言って、誠の状態を推し量った。
ソルトさんが暗い顔をして言う……。
「誠のことは、猪熊さんが、黙ってないでしょう……」
施設長の坂井さんは、思った。
……猪熊さんかぁ……
施設長の坂井さんは、「ふー」と、一つ溜息をついた。
その頃、誠は、自分が、事務所の中で、注意すべき案件になっていることは、知らなかった。
そんなある日、綾香が、ふらっと、誠たちの所に来ると、話しかけた。
「誠さん、最近、病気がよくなったんじゃない……」
「そうかな?」
綾香は、目を大きくして、誠を、不思議そうに見ていた。
どうやら、綾香は、最近活発になった、誠の秘密を、探りに来たようだ。
綾香は、誠に尋ねた。
「会話が上手になったね、マコたん、私にも話上手になる方法を教えてよ」
誠は綾香の様子を見ながら、どう答えていいか? 考えていた。誠は綾香に、正直に言った。
「話し上手になる方法は、まだ、良く分からないんだ」
綾香は、誠の答えに、期待が外れて一人憤慨すると、「はぁー」と、溜め息をついた。
可愛い綾香とは、何度か、楽しく話をすることがあって、リサのヒンシュクを買ったが、年上の綾香とは、フレンドリーな付き合いをする仲になった。
誠は、その流れとは別に、ずっと頭を悩ませていた、困った癖について、自分なりに工夫して、克服することにチャレンジした。
それは、誠が、相手に、敵対すると、暴言を吐いてしまう癖を、漫画の様に、切り返して、その欠点を無力化することだった。
その狙いは、敵から、自分の心身や守りながら、相手の出鼻をくじいて、煙に巻くやり方である……。
誠は考えていた。
……脅しとは何か? 「何か」あって、それに対して、軽く脅して、「ふん」と言いながら、相手をいなして、煙に巻く……それは知っている……
誠はそこで、深く息を吸い込んだ。
……じゃあ、その「何か」って、どう捉えるのだろう? ……
誠には、脅しを利かせる仕組みが、分からなかった。
誠は、知っている。
……憎しみや復讐心ではなく、また、恐れたり、萎縮したりすることが無いのなら、言われたら言い返し、やられたら、やり返し、力で負けたら、知恵でやり返す、こうしたぶつかり合いが、自然の働きであり、そこから、お互いの理解や友情が生まれるとはず……と……
これは、仏教の本に書いてあった。
そんな誠は、その考えを元に、脅しについての仕組みを、解明しようと考え続けていた。
そんなある日のことだった。
お下劣な人達が、昼から卑猥な話を始めた。
誠は、こういった話が苦手だった。
誠は、何時もの様に、その場を離れようとしたが、「逃げるのか?」と、言われ、お下劣な人達に難癖をつけられて、それが出来なかった。
誠は、下を向いて、フリーズしていたが、ふと、「○○さん、それは、ちょっと、気持ち悪いな……」と言った後、相手の顔をキッと睨んだ。
気まずい沈黙の後、「ふん」と、言って、相手を、いなして、『ちょっと、君とは違うぞ』と、言う所を見せつけた。
誠は、その経験から、誠は「何か?」と、言うのは、無理難題や拒否の事であることを知った。
やがて、そういった衝突を、容易に起こせる、女性が良く使う、「ちょっと、……何それ、最悪っ!」と、言う、言葉の武器を覚えると、誠は、身を守る事が、出来るようなって、作業所『ハトさん』の中で、頭一つ、抜きん出ていった……。
ある日の事、光ちゃんが、誠に、感嘆しながら言った。
「マコたん、変わったね」
「そうかなあ?」
誠は、みんなに、羨ましがられて、恥ずかしくなった。
長方形の大きなテーブルに、光ちゃんや、綾香ちゃんや、悠作、そして、リサと、誠が、集まった。
すると、誠の考えた、コミュニケーションについて、話が始まった。
光ちゃんが、誠に、不思議な様子で言った。
「マコたん、話し上手になるにはどうすればいいの?」
リサは、光ちゃんの話を聞いて慌てた。
(聞きたいのは私の方だ)とばかりに、光ちゃんの席を、」割り込んで、押しのけながら、誠の近くに行った。
でも、可愛い綾香は、静かに、そんな様子を遠くから興味深く見ているだけだった。
誠は、皆に、控えめに話し始めた。
「相手に、挨拶や、関心を寄せて、話す切っ掛けを、作るんだ……話が、始まったら、頷きや相槌をしながら、相手の話を聞くんだ……これだけでも、かなり効果がある」
誠は、少し戸惑いがあった。
「そして、出来るなら、話の深堀をする「それ、どうゆう事?」「その話もっと聞かせて」「それ、教えて」と相手に対して強烈な関心を持つことが大切だ……」
悠作は、そこで、重要なポイントを話す。
「大切なのは、話は、「こう言おう」と、考えるんじゃなくて、感じる事なんだ……相手の気持ちに注意を向けて、話を聞きながら、何かを感じたら、それを、表現するだけでいいんです……」
リサが言う。
「その中で相手の話の内容の理解できた所を、相手に伝えて、相手の話の内容を、確認するが必要で、分からない事は、質問して理解することが大切ね」
「そうなんだ」
光ちゃんは、驚いた。
誠は、「ウン」と、リサの話を聞いた後、悠作の締めの話に耳をそばだてた……。
「そうね、その相手の話に、自分の体験の似たような話をする「自己開示」すると、相手との間の距離が、ぐっと、縮まるんだけどね……」
悠作は、細い指で頭を掻いた。
「それは確かに、聞くのも大事だけと、自分の考えや、思い伝えて、自分を理解してもらう事を通して、お互いに分かり合う努力をする事が、とっても大切です」
仲間たちは驚いた。
「へぇー」
悠作は、自分の持っている知識を、披露できて鼻高々だ。
「凄い……」
光ちゃんが言う…。
「悠作は、傾聴の技術を持っていたんだね」
「嫌々」
悠作は照れていたが、仲間達は、悠作の知識に、目を大きく開けて「凄い、凄いぞ」と、驚く、ばかりだった……。
誠は、その様子を見て思った。
……今みたいに、悠作の持っている知識を、もっと、仲間達と築く新しい世界の為に、使ってほしいな……
仲間たちは、輝く未来を想像して、思わず、嬉しそうな微笑みがこぼれていた。
だが、彼らは知らない、誠を主軸とする仲間達を、懲らしめようとする、猪熊とその仲間達の敵意が、満ちている事に……。
綾香は、支援員の人達と協力して、今のような雰囲気を、発展・持続をさせる為には、どうすればいいのか? データを取っていた。
誠を取り巻く状況は、段々、複雑化していった。
作業所「ハトさん」には、以前に支援員のソルトさんが、心配していた、禿げた頭にヨレヨレの紺色のジャンパーを、着ていて、朝食べた食べ物の残りカスが、ズボンについて、茶色くしみ込んでいる男が、作業所「ハトさん」に来た。
その、不潔な男を、猪熊と言う……。
猪熊は、作業所『ハトさん』の仲間たちに対して、恐ろしい様子で接して、言葉汚く罵ってくる。
そして、仲間の同士で話をしている時に、無関係の猪熊が、何の前触れもなく彼らの話に割り込んで、勝手に話を仕切ろうとする。
そして、その話の主導権を握ると、猪熊は彼らを怖がらせながら、声高に自己主張して、自分の意見を、相手に無理やり飲ませる。
作業所のみんなは、そんな猪熊の行動を、不快に思っていた。仲間たちは、猪熊の事を、残飯を漁る汚い奴で、突然、訳もなく怒り狂って突進してくるイノシシみたいな奴と思って、心ひそかに、馬鹿にしていた。
だが、猪熊は、ハトさんの仲間達から、バカにされている事に、気付くことはなかった。
そんな、猪熊が問題になるのは、今まで、新潟の厳しい寒さに負けて、ここに来ることはなかったが、最近、暖かくなり、何かと、作業所『ハトさん』に、やって来る様になったので、何かと問題化する様になったからだ。
誠は、ある日、異変に気付いた。
……おや? 何か騒がしい……
どうやら、また、猪熊が、誰かを狙らって、誰かと、争っている気配がする。
「馬鹿野郎、俺の言うことが聞けねぇのか?」
「……」
どうやら猪熊が、作業所のみんなの中の一人のクロウと、もめているようだ。
猪熊は、一方的に、クロウに因縁を付けていた。
「おめぇは、何てことするんだよ、イライラすんなあ」
クロウは、怖がっていた。
猪熊の目的は、作業所『ハトさん』で、ボス・キャラになって、作業所の皆を、恐怖を源泉とする力で、支配することだった。猪熊は、格下に見ている彼らを馬鹿にして、彼らの価値を、無理やり落とす事によって、相対的に、仲間達の上に立って優越感を感じていた。
そんな、猪熊は、下等な喜びを感じる為に、飽きもせずに皆をバカにする事を、繰り返していた。
何故そんな事をするのか?
それは、例えて言うと、誰かが、手を掛けて丹精込めて耕した、幸せの大地に実った果実を、猪熊が、耕した人たちの了解も無く、暴力的な力で奪い取って、自分だけ幸せになる為である。
猪熊の夢は、このような事を繰り返して、作業所『ハトさん』で、一番の幸せ者になる事だった。
そこで、猪熊が、目を付けたのが、誠達が、一生懸命に作った、幸せの果実だった。しかし、猪熊の誠たちのその果実を奪う企みは、何となく阻まれていた。
猪熊の企みの障壁になったのが、誠と、その仲間たちが、集まった群れだった。
猪熊は、思った。
……誠の奴は、何かと目障りだ……
猪熊は誠を、潰す決意をした。
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