第3話 実験

 そこで、誠は、手始めに、支援員さん達のする作業の準備を、勝手に、代わりにするようになった。

 誠は、そうして、作業の準備の手順を理解したら、仲間たちに声を掛けて手伝ってもらうつもりだった。

 誠は、作業の準備をしながら思った。

 ……これは、仲間たちの仕事ではないかもしれない……

 それから1、2か月位経った頃、一人で準備をしている、誠の様子を、みんなは、不思議そうに見ていた。

 やがて、誠は、学習した。

 ……手順はわかった……


 そこで誠は、人の良さそうな仲間達に声を掛け始めた。

 「手伝ってくれませんか?」

 すると、綾香ちゃんが答える。

 「はい」

 二人は、楽しそうに作業の準備をした。

 準備が終わると、誠は綾香にお礼を言った。

 「ありがとう」

 そう言って、誠は綾香に、にっこりと、ほほ笑んだ。支援員のソルトさんは、そんな誠を苦々しく思っていた。

 「誠さん、アンマリ、周りの人達を、自分の思い道理に、動かさないでください」

 「いいじゃん」

 誠は、支援員さん達の事なかれ主義を、眉をひそめて聞いていた。


 そんなある日、光ちゃんは仲の良い綾香と、誠について感じた事を言いあった。

 「誠の奴、ちょっと、偉ぶっているよね」

 「まあまあ……」

 綾香は、にっこり笑ってその話を濁した。


 誠は、作業所『ハトさん』の仲間たちにとっては、3年しか経ってない、新参者と云うだけでなく、それ以上の何か、悪い所があるようで、彼らの心を何故か? 不快にさせていた。更に、リサと組んで、ボス・キャラを目指している事が、彼らとの間に大きな軋轢を生んでいた。


 いつものように、空気の読めないリサは、誠を見つけると、「こっちに、おいで」と、言って手招きした。

 誠がリサの傍に行くと、リサは、上機嫌で話し出した。

 「おい、誠、リーダーシップの本に書いてあったぞ、褒めて、叱って、励ましてってねぇ……」

 「……」

 誠は、リサの言う、ボス・キャラになる為の硬い話もいいが、リサを自分の彼女にして、一緒に楽しく、「恋人ゴッコ」したい気持ちもあるのだが……。

 そこで、誠は、リサに言った。

「リサポン、その淡い色のズボン素敵だね」

「そうか」

 リサは、誠の脱線する話が、リサの硬い話のバランスを 取り、満更でもなく喜んでいた。

 誠も、ちょっと変わった、リサに心奪われていた。

 誠は、そんなリサを見て思った。

……リサのことが、少しづつ、好きになっている? ……

 そして、もっと、誠の仲間たちとも、もっと深い、仲間同士の付き合いをしたいと、勝手に考えていた。

 そして、なれるのなら、誠は、ボス・キャラになって頂点に立ってみたいと妄想を膨らませた。


 そんな誠には、親友の悠作がいるが、リサとの相性が悪いのである。誠は、賢い悠作を、相談相手にしようとするが、誠の気分が乗ってくると、悠作は、勝手に休もうとするので、深く付き合おうとしても、思うほど当てにはならなかった……。


 リサは、放っておくと、周りの環境に配慮しないで、重戦車の様に、誠と一緒にボス・キャラを目指して、勝手に驀進して、進んで行くようになった。

 しかし、リサと誠は、ものすごい精神エネルギーを消費した割に、満足な結果を得られなかった。

 誠は、その結果が不満だった。


 すると、リサは、何処から、持ってきたのか? 誠に一冊の本を差し出した。でも誠は、リサの持ってきた『リーダーシップ』の本に、書かれたように、ボス・キャラを目指す気になれなかった。

 リサは、肩を怒らして興奮している。

 誠はリサに聞いた。

 「リサポン、これでホントにいいの?」

 「これでいいのよ」

 リサの話は、きっと、何かおかしいのだが、リサの説明を聞いていると、誠は、自分の力が足りないのだと思って何とかリサの期待に応えようと、更に、頑張った。

 そんな様子を見かねた支援員さんの一人のソルトさんが、気に掛けると誠に注意した。

 「誠さん、本のようにはいかないのよ」

 ソルトさんは、無表情に流すように言った。

 誠は、自分が、支援員のソルトさんに一度否定されると、誠の全人格の全てが否定されたという思いになって、言われたことを、理解することが出来なかった。

 誠は、その事を、リサに話すと、「ソルトさんの言う事は、違うわ」と言って、言葉を濁すばかりだった。

 心が折れた、誠は綾香に、つらい気持ちを打ち明けた。

 「みんなのためだったのに……」

 すると、綾香は、可愛そうな人を見る様な顔をしてその場を離れた。

 誠は綾香に、すがった自分に憤慨した。

 ……自分は、こんなに、情けない人間だったのか? ……


 誠は、家に帰って一人で考えてみると、知識と現実は、少し違っている事を理解していった。

 誠は思った。

 ……ボス・キャラを目指すからいけないんだ。これからは、皆の一段上に立って、声掛けするまい……。

 そこで、悩んだ末、今までとは違う方向に、方針転換することにした。


誠は、次の日、作業所『ハトさん』で、おっかなびっくりしながら、言葉を選んで話しかけていた。

誠は、一つ一つ、納得できる言葉を、確かめるように、支援員さんの人達に言われたことを守りながら、作業全般でなく、自分の作業に限定して、声をかけた。


 綾香は、今まで作ってきた、作業所ハトさんの雰囲気を、壊すような誠の行動を、何処かで憎んでいた。

 しかし、これからどうなるか、彼らの行く末を見てみたいとも思っていた。実は、綾香は、誠の行動力を、買っていたのである。


 そんな中で、作業が終わると、支援員さんのソルトさんは、誠が、良く使っていた『ありがとう』の声かけを、支援員・特権でするようになった。

 それは、やがて、支援員さんたちの方針が、ホメて伸ばそうとする流れに替わっていった。

 その事で、作業をしている場の空気が良くなっていった。

 そのきっかけを作った、誠は、支援員さんたちから、褒められる事はなかった。

 誠は、何だか、疎外感を感じた。


 誠は、その心を抑え込みながら、頑張った。

 この経験をきっかけに、誠は、仲間たちと一緒に成長する「癒し・キャラ」で、行こうと考える様になった。


 そんなある日、博学な悠作が、誠が、心を入れ替えた事を、感じて一冊の本を貸した。

 「マコたん、この本読んでみる?」

 「いいの?」

 その本は、機能的な記録の付け方であった。

 誠は、その本を元に、他の人達の優れた点を記録して、その点に関連する本を漁って、その事について研究して、自分の行動に、取り入れようと考えた。


 その事をリサに伝えると、リサは憤慨した。

 「思いついたら一直線、初志貫徹しなきゃダメじゃない」

 誠は言った。

 「可能性のないことにエネルキーを、つぎ込むわけには、いかない」

 リサはハッとした。

 ……そんな事を言った、人が、いたっけ、その人は、私に、そんなに強くなくたって、いいじゃないって……

 リサは、ガクッとうなだれて、「いつでも良いから、困った時は、相談に乗るから話して……」

 誠は、「うん」と、寂しそうに一つ頷いた。


 その頃、綾香は、支援員さん達から、誠達の極秘情報を、入手していた。

 それによると、小川リサは、猪突猛進な頑固者で周りとトラブルを起こす、トラブルメイカー……

 鍋島悠作は、有名大学を中退、学はあるが行動力が無い…。

 光ちゃんは、事なかれ主義で、人畜無害……。

 所が、平野誠は、プチ・リーダーシップはあるが、極度の秘密主義で、どのくらいの力があるかは、こちらからは、はっきり読み取れない……悪い事を一杯しているが、その都度、上手く切り抜けている。

 そのレポートには、そんな彼らの情報が記されていた。

 綾香は思った。

 ……この「誠」って子に、ちょっと興味があるわ……食事に誘ってみようかしら? へへっ……


 誠が目指した、ボス・キャラから、ちょっと性格が違う、癒しキャラに、鞍替えするには、克服すべき点がある。

 我が身を振り返ってみると、自分のコミュニケーションは、難があることに気付いている。

 記録の付け方の本を、「悠作」から借りたので、試しにそれを使って、コミュニケーションの能力をアップさせることについて、記録を付けながら学ぼうと考えた。


 そこで、白羽の矢が立ったのは、施設長の坂井さんの話し上手な様子だった。

 誠は、早速、ランダムに、施設長の坂井さんの素敵な仕草について、思った事を、メモやノートに記録し始めた。

 

 そんな様子を光ちゃんは、拒絶反応を起こして見ていた。

 光ちゃんは、誠に言う……。

「そんな、簡単に、性格なんて変えられない……」

 光ちゃんは、知っている。

 ……そんな記録を付けたって、それを、生かすことなんて出来る筈がない、それは無駄だ……

 光ちゃんは、そんな事をする誠をバカにしていた。

 誠は、そんなことは、お構いなく、簡単な記録を付けて、分析する事を繰り返した。

 まず、誠が、最初に気が付いたのは、話を最後まで聞き、途中で話の腰を折らないこと……

 頷きながら、「うん、うん」や「うん~」と、頷きながら、相槌を、打って、相手の話したい気持ちを受け止める。それらは、昔から言われていた事なので、簡単に、納得する事が出来た。

 しかし、ここからが難しかった。これだけでは、会話が続かないからだ……。

 誠は、施設長の坂井さんの素敵なところは分かるのだが、どういう仕組みなのか?    

 分からず、自分の中に、上手に取り入れることができず、袋小路に入っていた。


 そんなある日、誠は、悠作に声を掛けた。

 「悠作、聞いて欲しい……」

 悠作は、こっちを見て、にっこり笑った。

 今日の悠作は、珍しく落ち着いているので、誠は、安心して隣に座った。

 誠は、悠作に、早速、コミュニケーションについての考えを求めた。

「悠作、話し上手になるには、どうすればいいんだろうか?」

「?」

 悠作は、一つ首を傾げた。

「話し上手になるには、意識をもって経験を積むしかないよ……」

「!」

 誠は、「この手のやり方に、王道はないんだな」と、思い、悠作の指摘を受けて無い知恵を、集めて自分で、正解を導くべく考えを練った。


 その頃、会話の本を読んでいて、共感の言葉、「ホントだね」「分かる」「確かに」という言葉を使うと良い事を知った。

 更に、「凄い」とか「嬉しい」という感動する相槌も、あることも……。


 しかし、頭の悪い誠は、それらを上手く取り入れることが、中々出来なかった。

 そこで、施設長の坂井さんの素敵な会話の進め方を、取り入れ様と、観察をすることを続けた。

 やがて、少しずつ分かってきた。

「うん、うん」や、「うん~」と頷いたり、オーム返しをしたりして、それらの相槌を使って、会話を盛り上げ、話を、円滑に進めていることに気付いた……。

 誠は、話し上手の良い点を素早くメモした。


 そこで、誠は、これらを使える様にする為に、光ちゃんと話して、経験を積むことにした。光ちゃんに白羽の矢を立てたのは、話し好きで多少迷惑をかけても、許してくれそうな人なつこさが、彼にあったからだ。

 誠が決断すると行動は早かった。

 そんな、ある日、誠は、作業室のテーブルに座っている、光ちゃんに話しかけた。

 「今日の、漬け物切りの作業はどうだった?」

 「うん、大変だった」

 「うん、うん」

 誠は光ちゃんに、うなずきながら言った。

 「そうだね」

 「……」

 誠は思った。

 ……ミスった・・・・・

 誠は光ちゃんと話しながら、会話がしっくりこないのが、不満だった。

 何度かやってみて、共感の相槌である「ホントだね」や「分かる」や「確かに」と、言う、フレーズを取り入れて話したが、思った様にいかなかった……。


 そこで、誠は、会話のことにつての本を読んだ。

 「会話は、気持ちと気持ちの交流だ」と書いてあった。

 誠は、そうなんだと思い、感情を伝える相槌、「良かったんじゃない」、とか「嬉しかったんじゃない」という、言葉を、意識して使おうと考えた。

 でも、どうしても、最後の壁を超えることが出来なかった。

 結構、良いところまで来ているんだが、合格点まで至らなかった。

 誠は、合格点にいかない事に困惑して、自分は、価値のない人間のように思えた。

 ……私は、ダメな人間なのか? ……

 誠は、また、袋小路に陥ってしまった。


 そこで、この窮地を突破するために、博学な悠作に再び、アドバイスを求める事にした。

 悠作は、大きな頭をくらくらさせながら、休憩室のソファーに、座っていた。

 誠は、その隣に座って、やる気のなさそうな悠作に、話しかけた。

 「悠作、話をして良いかい」

 悠作は、誠を見て、つまらなそうな顔をした。

 「いいよ」

 「はい、それでは……」

 誠は、悠作に、疑問をぶつけた。

 「私の聴き方が、上手に出来ないんだけど、それをどう思うか? 聞かせて」

 悠作は、やれやれといった感じだった。

 誠は、素早く、メモ帳を取り出した。

 誠は、考えていたことを、メモにした紙を見せながら、悠作に、一生懸命になって話した。

 悠作は、そのメモを見ながら、少し考えた後、慎重に口を開いた。

 「人って、自分の話を聞いてもらいたい生き物なんだ、「それ、どうゆう事?」「もっと聞かせて」「それ、教えて~」と、言って、一段下がって、相手のかゆい所を、見つけて、話を引き出すことが大切なんだ」

 「うん!」

 誠は、悠作のアドバスに、突破口を見いだし胸躍る心地がした。


 その数日後、誠は、光ちゃんと話をして、悠作の助言の効果を確かめる事にした。

 作業の終えた後の休憩室で、光ちゃんを誘った。

 「光ちゃん、ガンプラの「百式」買ったんだって」

 「うん」

 二人は、ソファーに座る。

 「ハイグレードの奴で、武装が充実している良い奴だ」

 「へぇ~凄いね!」

 誠が驚いた後、光ちゃんの声が大きくなった。

 「可動範囲が多くて、色々なポーズがとれるんだよ」

 誠は、オーム返しをする。

 「ホント、それ色々なポーズがとれるんですね」

 「うん、とっても、かっこいいんだ」

 誠は、質問する。

 「ガンプラは、他にもあるんですか?」

 「うん、3体ある」

 「3体あるんだ、……凄いね!」 


 誠は、話を掘り下げる……。

 「ガンプラについて、もっと聞かせて……」

 「ガンプラはね、作るだけじゃなくて、飾って眺めると、気分が、いいんだ……」

 「分かる」

 「こいつは、指揮官タイプの奴で、人気があるんだ、でも、あんまり飾る場所がないけどね」

 「ガンプラを、戦う様子にして、かざりつけるのは、いいもんだね」

 「ははは」

 その後、会話は延々と続いた……。

 誠は、光ちゃんとの会話が上手くいき、宿願だった話し上手のコツをつかんだ。

 しかし、それでも、合格点をはじき出し、壁を超えることが出来なかった。


 リサは、最近活発な誠に元気をもらい、リサもリサなりに、コミュニケーションの研究をしていた。

 「マコたん、相槌を使いこなせば、話し上手になれるかな?」

 「出来るよ、リサぽん!」

 リサは、誠に「うん」と頷いた。

 お互い同士である事が、二人の間に、友情から淡い恋心となって深まっていった。

 周りから見ると、ちょっと可笑しな二人だった。

 一方の悠作は、今日も貧血気味なのか、皆と話をするが、何か億劫で怠惰な様子だった。

 綾香と光ちゃんは、音楽関係の軽い話をして楽しんでいるようだった。

 それは、いつもと変わらぬ日常だった。

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