2話 異世界生活、気づいたら一日経ってた件について

──これは夢の世界ではなく異世界


 そう結論づけた瞬間、一気に眠気が襲ってきた。さっきまで何ともなかったのは、「これは夢だ」と思い込んでいたことによるプラシーボ効果的なアレだろう。

 目を閉じればすぐにでも寝れそうだが、今彼がいるのは自然のど真ん中だ。眠っている間に、例えば"魔物"やら盗賊やらに襲われないとは言いきれない。


「となると、寝床にできそうな場所は一つっ!」


 正確かは分からない記憶を頼りに歩いた道を戻っていく。だが目的地は明確だ。あの白骨死体が跪いていた洞穴にいこう。


 しばらく歩き、無事洞穴の入口にたどり着いた。かなりの時間この世界にいたにも関わらず、大した距離は歩いてなかったようだ。

 中に入るとやはりあの白骨死体がいた。寸分変わらず全く同じ体勢。今日はコレに祈られながら眠ることになりそうだ。


「せいぜい俺が無事睡眠を成功できるように、祈っといてくれ」


 親指を立て、グッドサインを突き出す。何故かは疑問だが、この骨に友情に近い何かを感じ取っていた。彼自身それに気づいていないようだ。


 ゴロンと横になり、両手を頭の後ろで組む。地面には草がバラバラに置かれていて、寝るには問題ないくらいのクッションにはなってくれている。

 この世界のことは起きてから本格的に考えよう。異世界に転生したというなら、当然お決まりの展開も待っている…ハズ


 ──────────────────


「おはよう異世界! 俺の気づいてたら一日経ってた異世界生活、改めてスタートッ!」



 寝起きとは思えないほどの俊敏さで起き上がり、指を天に突き上げる。一瞬天井に突き刺さらないか心配になったが、ギリセーフだったみたいだ。

 横を見下ろすと、やはり白骨死体は祈り続けていた。


「お前のおかげで、俺の安眠は守られたぜ」


 しゃがみこみ、友情を込めた手で肩を叩く。ガラッ…と骨の鳴るような音が割と心地いい。

 それはそうと、目覚めた彼は異様にテンションが上がっていた。眠気の取れた頭に"異世界転生"という情報が入り込んだことにより一気に興奮メーターが上昇したのだ。

 草のクッションの上にあぐらをかき、顎に手を当て朝の頭の運動を開始する。"異世界に来たらやること"を高速で処理しているところだ。足がソワソワと動いている。


「やっぱ最初に確認したいのは、自分のステータスってとこか」


 異世界に来た以上、なにか特別な能力とかが無いと話にならない。心躍る冒険も、ハーレム天国もたしかな強さがないと成り立たないというのは彼の持論だが、本気でそう思っている。

 となると"異世界転生特典"なるものがあるはずだ。トラックに引かれる? 死んで女神様に会う? 別にそこは重要じゃない。大事なのは結果だ。異世界=剣と魔法の世界=チート=俺最強。ここまでくれば勝ち確である。


「王道だがそれでいい。王の道と書いて王道だ。王は強い」


 彼は堂々と胸を張り、こう世界へ告げた。



「ステータス、オープンっ」



 …


 ……



 何も起こらない。彼の声が虚しく洞穴の中で響いただけだ。心なしか隣の白骨死体が「こいつ何言ってんの?」みたいな目を向けている気がする。おかしい。瞳はないハズなのだが。


「ビックリするほどなんも起こらん…ステータスとかの概念がない世界観なのか?」


 首を傾けうんうんと唸る。しかし今の彼は気持ちの切り替えが早い。きっとあとから凄い能力が判明してそこからドカン…となるに違いないと結論したのだ。


「お楽しみは最後の最後に取っとくタイプだし」


 そういいその場に立ち上がる。彼の頭にはもう次にやるべきことが浮かんでいた。乱れた髪を手で軽く直し、そして視線を白骨に向け、別れを告げるような目で見つめる。もうここにいる必要はない。次の目的地は、おそらくあるであろう"人里"だ。


「少しの間だったけど、一応最初の登場人物だからな。お前は」


 背を向けるように、出口に向かって歩き出した。背中越しに片手を上げカッコよく旅立っていく(少なくとも彼の中ではかっこいい)。急に立ち上がったことであくびが漏れた。

 白骨死体は、彼の旅の安全を祈るようにそこに佇んでいた。



 ──────



 二日目の朝も空はどこまでも青く広がっていた。まるで今の彼の心情をそのまま表しているようだ。相変わらず鳥のようなものが飛び回っている。異世界と認識した今では、あれも魔物なのだろうと理解できる。


 普段散歩なんてしない彼だが、こうして歩いているだけでもワクワクさせるには十分なくらいの時間になっている。オープンワールドゲームの「歩くだけでも楽しい」を全身で体験しているかのよう。


「ゲームの主人公もこんな気持ちで歩いてんのかねぇ」


 片手を腰に当てながら優雅な足取りで進んでいく。街を目指すとなると、自然地帯からそこそこ離れないとたどり着かないだろう。なら狙い目は村程度の小さな規模の場所だ。それならこの辺りにあっても不思議ではない。


「本当は早くギルドとかも見てみたいけど、焦りは禁物。急がば回れだ」


 それからしばらく歩き続けた。道中には可愛らしい猫のような魔物、蝶々のようだが絶妙に違う魔物など色んな生物が目に映り込んできた。

 少なくともこの辺りの魔物は人に敵対するような存在ではないらしい。不思議そうな目で見つめられることはあっても、襲われることは一度も無かった。


「結構人馴れしてんのかな。あの猫みたいなやつとか飼ってみたい」


 毛ずくろいをしている魔物を横目に歩いていると、なにか音が聞こえてきた。魔物の足音でも、木が風に揺らされる音でもない。よく凝らさないと聞こえないレベルだが…


「…水が流れてるような音がするな。川か?」


 彼は音の鳴る方向へ行くことにした。本来向かおうとしていた方向とは別の方角だが問題はない。むしろ音源へ行ったほうがなにか見つかるかもしれない。


 華麗なターン(?)を決め進み出す。魔物の一匹が、彼の後ろ姿をジッと見つめていた。



 ──────



 数分歩き続けると、水の音が大きくなっていった。流れるような音がするので、これは川で間違いないだろう。

 そういえばここにきてからまともに水分を取っていない。なんなら食べ物すら口にしていないことに気づいた。急激に腹が減っていく感覚に陥る。


「完全に忘れてた…まともに飲める水だったらいいけど」


 その時、不意に甲高い声が聞こえてきた。



 ──『アナタたち、そこで止まりなさーいっ!!』



 その声は、彼の鳴っていた腹の音をかき消すほどの迫力だった。一瞬自分に向けられたものかと身構えたが、「アナタたち」と言っていたので違うようだ。

 そんなことよりも、今のは完全に"人間の声"だ。異世界初のまともな登場キャラクター。近くに村的なのがあるのも期待できる。彼の足取りは自然と早くなっていった。


 少し進むと、予想通り川があった。そこに短い木製の橋がかけられており──

 さっきの声の主もそこにいた。


「んだよ嬢ちゃん。俺たちゃこの先に用があるんだ。早く通してくれ」

「いいからちょっと待ってって! ここを通るには供物が必要なのっ!」

「えぇ、なんですかそれぇ…」


 木陰から顔を覗かせ様子を見る。そこには三人いた。

 まず男が二人。一人は体格の良い短茶髪。もう一人は気弱そうな少し長めの髪を持つ青年。なにやらデカイ荷物を背負っている。


 そして、声の主である少女はというと──

 一言で表せば"魔法少女もどき"だ。


 パッと見、いかにもソレらしいローブやら杖やらを持っているように見えたが、よく見ると出来の悪いコスプレ衣装だった。帽子はバケツに布を貼り付けて、ローブは裂いたカーテンをそのまま身体に巻き付けてる、みたいなところだろう。杖は…あれはただの長い枝だ。丁度いい形のものを見つけたに違いない。

片手を腰に当て、もう片方の手を差し出している。


「供物は供物よ! こう、例えば丸っこいキラキラ光るものとか…それは物と交換できる代物だったりして…」

「…金か?」

「そうっ! わかってるじゃないの! 供物=お金よ!」

「交通量ってことですか…?」


 どうやら少女は通行人に金をせびっているようだ。この世界のことはまだよく知らないが、少なくともあれは少女が勝手にやっていることというのはすぐ分かる。典型的な乞食ッズである。


「異世界初キャラクターが乞食ってマジ?」


 ようやく人を見つけられたので嬉しいはずなのだが、複雑な気持ちで彼は見届けている。


「そうね…一人5シルバ! 最低でもそれぐらいは貰いたいわ!」

「あのなぁ嬢ちゃんよ。俺たちゃ橋一つ渡るのに、子供に小遣いをやんなきゃなんねぇってのか?」

「こ、小遣いじゃなくて供物よ!」

「その"供物"という表現がよく分からないのですが…」


 しばらく見ていたのだが、このままではラチがあかないと彼は判断した。


「となりゃ、やることは一つだぜ」


 そう、あの三人の輪に彼自身も参戦するのだ。

これぞ

 "異世界ファンタジー系の主人公ムーブ"。

 木陰から颯爽と飛び出し、三人のいる橋の元へと歩いていった。佇まいには余裕を持たせる。顔はなるべく爽やかで、それでいて力強い目を作ることにより、彼の主人公ムーブは完成するのだ。後に彼は、

「あの時の俺は最高に主人公してた」と語ることになるだろう。


 記念すべき最初の一言の瞬間。


「なにやら随分立て込んでるみたいだけど、どうかしたのか?」


 少し声が上ずった気がしなくもないが、多分バレていないだろう。二人の男はゆっくりと振り返り、魔法少女もどきは弾かれたように顔をこちらに向けてきた。


「なんだ兄ちゃん、アンタもあっちに用があんのかい? 」

「ま、そんなところだ」

「僕たちもここを早く通りたいんですが、なんかこの子が通してくれなくて…」


 よし、スムーズに会話ができているな。ファーストアプローチは成功だ。

 魔法少女もどきの顔をチラッと見てみると、なにやら拗ねたような表現を浮かべている。遠くからだと分からなかったが、その顔は意外にも整っていた。そして目と髪が両方ともピンク色だ。


「おお…流石は異世界ってやつだぜ」

「なんの話? アンタもここを通りたいなら5シルバよ! おまけして6シルバくらいにしてくれてもいいわ!」


 近くで聞くとかなりの迫力だ。体格の良い男は困ったように頭をかき、青年は弱気なオーラを消し、どこかウンザリしたような顔をしている。くどいのは嫌いなタイプなのだろう。

 仕方ない。ここは気前よくいこう。パッと解決し去っていく。よし、これだ。


「あいあいっ、ならサービスで8シルバくらいは…」


 得意げな顔で彼は懐を探るが、感じ取れるのは布の手触りのみ。当然金なんて持ち合わせていない。何故あんな堂々といけたのか、彼自身も疑問に思っている。


「…ないな」

「ちょっと! 私をからかってるんじゃないんでしょうね! "ない"って何よ"ない"って!」

「それより一個聞きたいことあるんだけどさ。この橋の先って村とかあったりするかんじ?」

「いや話をちゃんと聞きなさーーいっ!」


 こうなれば強行作戦だ。とにかく先に知りたい情報を聞き出して、目の前の問題は後に回す。未来のことは未来の自分に任せますスタンスだ。

 返答は少女からではなく、気弱そうな青年からきた。


「はい。この先に『エルム村』という小さな村があって、僕たちは丁度そこに用事があったんです」

「ってところでこの子に足止めされたってことか…なるほど」

「そうなりますね…」


 "村がある"ということを知れたのはかなり大きい。思わぬ展開で目的地に到着だ。

 ということはこの魔法少女もどきって…


「お前、もしかしなくてもそのエルム村ってとこから来た子か?」

「そ、そうだけど。遠くの街からわざわざ一人でこんな場所来ないし、当然よ」


 ビンゴだ、と心の中で指を鳴らす。次のクエストは決まったも同然だ。

 クエスト1、村を発見せよはほぼクリア。クエスト2は橋を通過し村へ到着せよ、といったところか。


 「なら丁度いいや。エルム村に案内してくれないか? 生憎金は払えねぇ。その代わり、もし村でなんか困ってることがあるってならそれの手助けをする。もちろん代金はいらない」

 「は、はぁ? なによ急に手助けって…なんでも屋でもやってるの?」

 「ああ。たった今営業を開始したところだけど。どうだ? 無料でなんでも解決サービス」


 彼が屈託のない笑みを向けると、少女は少し目を見開きすぐそっぽを向いた。だがさっきまでの攻撃的なオーラは薄れているようだった。

 しばらく考え込むように黙り、つり目気味の目で顔を見つめてきた。


 「…ふん。そういうことなら、いいわ。お金はいらない。そこの二人もよ。その代わり沢山働いてもらうことにするから」

 「えぇ! 僕たちは別の用事がぁ…」

 「通してくれんならなんだっていい。あんがとな兄ちゃん。助けられちまったぜ」


 大男はニカッと笑い、彼の肩をバンバンと叩く。無事なんでも屋サービスの交渉は成功した。肩が結構痛いが、まぁいい。

 その間に割り込むように、魔法少女もどきが尋ねてきた。


 「…なんでも屋。アンタの名前は?」

 「俺はカナデ。アマミヤカナデだ。お前は?」

 「…私は──『メイプル』。ただのメイプルよ」


『メイプル』。甘ったるい名前だが、可愛らしくて悪くない響きだ。

 自己紹介を終えた二人は、横に並んで…いや、メイプルが少し先を歩くようにして、最初の村──


 エルム村へと向かっていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界転生譚ー今際の際で適応進化しますー 星猫侍 @kakino_mame

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ