異世界転生譚ー今際の際で適応進化しますー
星猫侍
1話 『あ、これ』
目が覚め、まず最初に見つけたのは祈るように跪いている白骨死体。古びたローブを身につけている。
周りを見渡すと、ここは薄暗い洞穴のような場所だということがわかった。前方を見ると、かすかに光が漏れていることが確認できる。あれはおそらく出口か。
ここまで思考を巡らせたところで、一つの結論に至った。
「あ、これ夢だわ」
人が夢を見るときのパターンは二つ。一つはそもそも夢だということに気がつく前に目が覚め、大体の場合は夢の内容も忘れる。
二つ目はまさに今の状況。瞬時に"これは夢である"と認識し、夢世界を遊び尽くすことが可能になる。
明晰夢、と言うらしい。
もう一度周囲の状態を確認してみる。薄暗い中、気味の悪い白骨死体と二人きり…吊り橋効果なんてそんなものは発動されない。誰が素性不明のスケルトンにドキドキするのだろうか。
今やるべきはここから出て、洞穴の外を確認すること。明晰夢といっても、世界観が分からなければ自由にコントロールしようがない。スケルトンを無理やり生き返らせて、一緒に夢世界を冒険することもできるだろうが。
「そんな趣味は持ち合わせてねえし」
白骨死体を横目に、さっさと出口まで歩いていく。この夢は妙に感覚がリアルで、天井から落ちる水滴の音から肌を撫でる冷たい空気まで、細かな触覚がたしかに存在している。
「なんかいつもの夢とはちと違う気もする」
という言葉と共に、ついに外へ一歩出た。前に広がるのは圧倒的な大自然。上から見下ろす森のカーペットは壮大で、かすかに聞こえる川の流れる音がいい味をだしている。空は雲一つない晴天だ。雲はないが、白色のデカイ鳥みたいなのはいた。
「おお…オープンワールドゲーのオープニングでありそうな景色ーっ」
美しい景色に見惚れつつも、無意識に歩み出していた。ここからこの夢をどんなシチュエーションに持っていこうか。
遠くからは、聞きなれない動物の鳴き声が響き渡っていた。
─────────────────────
違和感に気づいたのはあれから昼をまたぎ、夜になってからだ。
彼──天宮奏(アマミヤ カナデ)はしばらくの間、そこら辺を行ったり来たりしていた。彼は考えごとをするとき、よく辺りを歩き回るクセがある。
明晰夢パワーを使い、無難にハーレムを作ることに決定したカナデだが、ついに周りに絶世の美女が現れることは叶わなかった。好きな女優を完璧にイメージし何度も願って、繰り返してるうちに疲れてきたので今は木の切り株の上に座り休憩中だ。
「夢の中で疲れるって感覚があるのもよく分かんねぇな…この夢、色々と勝手が違うっぽい。てか何時間くらい経った…?」
明晰夢とはいえ、夢の中というのは身体機能にある程度違和感が生じるものだろう。よく聞くのは、走りたくても上手く走れないというあのもどかしい感覚。
だが彼はさっきまで軽くジョギングをしてたくらいだ。何の問題もなく走ることができる。ちなみに疲れたのはこのジョギングが大きな要因でもある。
「夢ってんなら、せめて俺のクソザコスタミナくらいは改善しててほしいぜ」
重い腰を上げ、軽く伸びをする。空を見上げると、月明かりに照らされた白色のデカイ鳥が二羽、円を描きながら飛び回っていた。
「んー…もうそろ起きるか。好き放題できない夢の中でポツンと立たされても飽きてくるわ。ちょっと寒くなってきちゃったし」
夢から目覚める方法はいくつかある(彼独自のもの)。
頭の中で『起きろ』と呪文のように唱え続けることで、大抵の場合はこれで夢から覚める。あとは、自分の頬を容赦なく引っぱたくくらいか。
(起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ!!)
目をギュッとつぶり、無駄に拳に力を入れ詠唱を開始する。これで次に目を開けたとき、いつもの小汚い自室のベッド上にいるだろう。
…
……
カッ!!
勢いよく目を開き、そこに広がっていたのは──
さっきの何も変わらない、夜の自然の景色だった。デカドリは相変わらず飛び回っている。
「俺の部屋ってこんな幻想的じゃ無かったよなー」
当たり前だろと心の中でツッコミつつ、次は手のひらを頬に重ね構える。気持ちに応えてくれないのならば力技だ。無理やり意識のシッポを掴み引きずり出す。
体勢を低くし、腰の回転を利用するために軽くひねる。かなりの威力を期待できる構えだ。
「覚悟しとけ俺のほっぺた…!」
頬に宣戦布告をし、腕を大きく振りかぶり──
パァァァンッ!!!
聞くだけならとても心地よい音が大自然の中に広がっていったが、当の本人はそんな穏やかな気持ちではいられない。
死ぬほど痛い。涙目になるくらいだ。ジンジンと熱を持ち、顔を歪ませることを強制される。
「いっっ…夢史上過去最高レベルの激痛ぅ…」
これで覚めてくれたらまだよかったのだが、やはりどう見ても自分の部屋ではない。
頬が腫れていくのを感じつつ思考を巡らせる。痛みの熱さとは裏腹に、頭は妙に冷静になっていた。
秘伝の目覚まし奥義を駆使しても解決はせず、夢にしてはリアルな感覚のおかげで寒さも痛みもフルに感じ取り、夢のように突然場面が変わるようなことも無く…
「仮にこれが夢じゃないってなら一体…」
とりあえず寝る直前までの自分を思い出してみる。ベッドの上に寝転がり、たまに顔面へ落としつつもスマホを弄っていたか。途中で飽きて、無造作に置いてあった"異世界ファンタジー系"の小説を手に取ってー
…
……
………
──「あ、これ異世界だわ」
そう口に出した瞬間、モヤモヤが一気に晴れたような気分になった。地平線の向こう側から太陽の光が見えてくる。
夜明けを告げるように、また聞きなれない動物の鳴き声が響き渡っていた。
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