第9話 日本人の魂に刻まれしそれは
寝ようにも寝られず意識が無駄に空回りを繰り返す。
(環境の変化に急な断薬……そりゃ調子悪くなるか……)
力の入らない体で重たい頭を無理やり支え、上半身を起こす。窓を見ると、いつの間にかボンヤリと日が差し込みつつ有った。よく見ると日を透かしているのはガラスでは無く重ねた布地のようだ。どこからか遠くで、カラーンカラーンと金属がぶつかる音が聞こえる。
(なんだろうな、朝の合図か?丁度いい、世話になってる家主より遅く起きても良くないだろう。下に降りてみるか)
木製の扉を軋む音とともに開けると、当の家主と思わず出くわす。
「おや、ユーマさん。昨夜はよく眠れ……ていないようですね」
寝不足で瞼が半分落ちた悠真にも分かるくらい気遣われている。
「お見通しか……スマン、状況が状況だけに熟睡できなかった」
「仕方が有りませんよ……よろしければ一緒に降りませんか?朝の体操がありますので、ユーマさんには分からないでしょうが気分転換にはなるかと」
背中に優しく手を回される、その優しさが多少の居心地の悪さを感じさせる。
「体操?たまに体を動かすのも良さそうだな」
「たまにじゃなく、体は常に動かしておくものですよ」
「まぁ、そうだな」
自身の運動不足を痛感し、苦笑いを浮かべた。
階下に降り玄関から道に出ると、そこかしこから人々が集まり思い思いに伸びなどをしている。レオンは挨拶を返しながら何となしに話しかけてくる。
「近くに笛の名手がいまして、素晴らしい音楽を奏でてくれるんですよ……そろそろ始まりますよ」
「そうか、楽しみにしてるよ」
なるほど確かに、高く澄んだ音色が流れてきた……音楽に疎い悠真でも聞き惚れるほどの。しかしどこか違和感を覚えた。初めて聞くはずなのに既視感の有るリズム、そしてメロディライン。いよいよ音色に乗って人々が体を動かし始めたとき、悠真は気付いた。
「……ラジオ体操?」
聞こえもしない歌が聞こえる、歌詞が浮かぶ、自然と体が動き出す。確かにそれは、幼少期から刷り込まれ魂に刻み込まれた体操だった。
「あれ、ユーマさん。何故できるんですか?」
「逆に、むしろなんで俺ができる体操がこの世界にあるんだ……」
「僕に聞かれても全く分かりませんよ」
振り付けの細部は違えど大まかな動きは同じ。何となしの感覚でやったにしては隣のレオンと嫌に一致している。
曲が終わり人々が解散する中、現実を咀嚼しきれない悠真は呆然と立っていた。しかし……
「それはそれとして」
「なんです?」
「体を動かすのは気持ちいいものだな」
「それは良いことです、ぜひ続けていきましょう」
玄関に戻るレオンの朝日のような爽やかな笑顔の残像に、悠真はダラダラとついて行った。
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