第8話 月は確かに出ている

 「それでは、そろそろ寝室に案内しましょうか」


 食事を終え、上がった二階の部屋は長年放置されてきたのだろう、空気が粉っぽく埃の匂いが充満している。窓を開けるレオンを見ていたが、どうやら二重になっているようだ。最初に内側の窓を開き、次にギィと重たい木が擦れる音を立てながら外の窓が開けられた。同時にヒンヤリとした風が流れ込んできて籠もった空気を押しやっていく。


 「すみません、掃除する暇があまり無くて」

 「何を……寝られるだけでも贅沢だ。ありがとう……いや、ありがとうございます」

 「良いんですよ、とは言え暫く……ですけどね」

 「正直、先行きが不安だ……」


 レオンがそこかしこに置かれた荷物を脇に寄せ始める、悠真もできるだけ手伝うことにした。とは言え、指示を聞いて荷物を運ぶだけだったが。一息つくとレオンが何かを手に持っている。


 「どうぞ、父の使い古しですが……まぁ無いよりはマシでしょう」

 「スニーカー……だと?」


 そう、頼りないランプの灯りにボンヤリと浮かび上がった輪郭はスニーカーだった。しかし手にとって履いてみると感触が決定的に違う。


 「どうですか?」

 「少し緩いな、レオンのお父さんとやらはかなり大きかったのかな?」


 内心が漏れないよう誤魔化したが、悠真からすると履き心地が悪くて仕方がない、ゴワゴワして固く、靴底が薄っぺらくてクッション性が皆無なのである。しかし折角好意から頂いたのだ、文句なんて言えるはずがなかった。フト窓の外を眺めると、久しく見ていなかった大きな満月が目に入る。故郷の景色を思い返して考えが止まる。


 「……僕の父がよく、月には兎がいると言っていましたよ。ユーマさんには分からないと思いますけどね」

 「そうか……」


 レオンと寝る前の挨拶を交わし、横になる悠真の体をベッドの適度な弾力が支える。


 「月に兎だって?」


 思わず口に出してしまった。日が完全に沈んでいるのに、脳裏に浮かぶ数々の違和感のせいで悠真の意識は沈むことができない。


 「なんでこうも中途半端に日本が顔を出してくるんだ?薄気味悪い……」


 自分の記憶より少しばかり大きく見える月を睨みつけながら、どうにかして眠りにつこうと無駄な抵抗を試みた。

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