たまごのこころ

馬村 ありん

第1話 誰も知らない秘密

 ラベンダー&バニラのボディスクラブで胸元を洗いながら、明日の英語の宿題をまだやっていなかったことに思いをはせていたら、イロハちゃんが浴槽から僕めがけて水鉄砲を飛ばしてきた。水流が、耳の穴へと入り込んできて、聴覚の片側がふさがれる気持ちの悪さに、僕は顔をしかめた。

「何するんだよ、イロハちゃん」

「だって、楓くんったら、あたしの話聞いてくれないんだもん」悪びれた様子もなくイロハちゃんは僕に微笑みを向けている。

「ごめん、考え事をしていたから。明日の宿題のこと」

 僕は言った。

「お母さんへのプレゼントは食べ物がいいと思う? それとも服がいいと思う?」

 イロハちゃんはいった。

「プレゼントは形が残るもののほうがいいと思うよ。今の季節は寒いし、暖かい衣類をあげたら葉子さんも喜ぶんじゃないかな」

 首を持ち上げて、首筋にスクラブを塗り込みながら僕は言った。


 ざぶん。イロハちゃんは、浴槽から半身を起こした。あらわになるのは、浴室の白色灯をはね返して輝くその裸身。お湯をしたらせ、ミルクプリンのように揺れる大きな乳房――僕は目をそらした。

「背中流して流してあげるよ」

 イロハちゃんは言った。

「いいから。自分でやるよ。ちょっと待ってて」

 僕がそういうのも聞かず、イロハちゃんは琺瑯ほうろう製の浴槽から片足ずつ、洗い場へと身を乗り出した。湯にほだされた体は赤みを帯び、鼻の高い端正な顔も熱を帯びていた。体の中心部にある黒い茂みを目にし――息を呑む――僕は目を背ける。


「あたしに任せてよ。楓くんはリラックスしていて」イロハちゃんの利き手の左手が、シャワーヘッドへと伸びた。温度を確かめた後、イロハちゃんは僕の背中にシャワーを当て、皮膚表面にへばりつくスクラブを手で流しはじめた。その指が背中をなぞるたびに、僕の肌はぞくりと粟立つ。緊張に身をちぢめる。水蒸気に混じったラベンダーとバニラの匂いが浴室内に充満する。

 肩を撫で、二の腕を撫で、わきの下をくぐってその五本の指が胸板に触れた時、僕は深呼吸せずにはいられなかった。怖がらせる――

「英語の宿題やった? 分詞って苦手。現在分詞が出ても過去分詞がでてもうまく訳せないの。不定詞なら理解できるのにさあ」

 イロハちゃんの手は、僕のお腹へと達する。その時に、イロハちゃんの乳房の先端が僕の背中に当たって離れた。ヌルヌルのスクラブが落ちて、僕の肌はつやめいていく。

「用法を押さえておけば、さほど難しいことはないよ。形容詞的用法、副詞的用法、名詞的用法。問題をいくつかこなしているうちに慣れてくるんじゃないか」

 僕は言った。


「あー、熱い。あたし先に上がってるね」そういうが早いが、イロハちゃんは小さなお尻を振りながら、浴室を出て行った。イロハちゃんは脱衣所で、スタンダードナンバーの『ムーンリバー』を口ずさみながら、バスタオルで体の水分を拭っているようだった。

 イロハちゃんの細長い足が、パンティの中を通り、寝巻きのボア素材のショートパンツの中を通ると、彼女は脱衣室を出て行った。

 僕は、顔を下に向け、股の間に位置しているものを目にする。そこには。消そうとしても消えない感情の痕跡がいまだに残っている。ダメなんだ。こんなことを考えてしまっては。こんなふうにイロハちゃんの体に欲情してしまっては。

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