第5話:美術館長、美術館を開く
"ローワン・フェルム"に転生して、あっという間に五日が過ぎた。
朝のんびりと起きて、自分で作ったご飯をフォキシーと一緒においしく食べ、芸術鑑賞するスローライフな日々だ。
名画や素晴らしい彫刻を見ては感動し、【美術館長の加護】で成り立ちや作者の思いを理解して、館長室にあった関連書籍で学びを深める。
おかげで、この世界の芸術に関してかなり造詣が深くなり、まさしく理想的な生活に私はとても気持ちが充足していた。
食材はいくら食べても無限に補充されるし、時間に追われることもない。
建物全体に張られたバリアにより美術館は景色に溶け込んでいるため、人目を気にせず開館の準備を進められた。
安全快適な素晴らしい毎日に、もう前世の疲れが薄らいでしまったほどだ。
一方、のんびり生活を送るつもりが元来の真面目な性分が出てしまったのか、自然とルーティーンが形成された。
昼下がりの今、私は館長室で書類作業を進めている。
紙やペンなどの文房具は、【美術館長の加護】で使い慣れた物を生み出せた。
やっぱり、日本製の物は使いやすいね。
この時間帯フォキシーはお昼寝をするのだけど、今日は起きていて私の作業を不思議そうに眺めていた。
『ミオはなにを書いているコン? ボクの絵を描いているわけじゃなさそうコンね』
「所蔵品のリスト――要するに目録を作っているのよ。この美術館の所蔵品は何があるのか、今どれがどこにあるのか一目でわかる必要があるから』
『たしかに、館長さんなら知っておかないといけないことコンね』
「館内と地下倉庫の所蔵品を全て確認したら、主に絵画、版画、彫刻、レリーフ、工芸品に区分されたわ。作品名や作者名の他、制作された年代や材質に技法、寸法も重要な情報なの。館蔵なのか寄託なのかも書かないと」
『管理が大変そうコン……』
「大丈夫よ。元々こういう作業は好きだし、とても楽しくやっているわ。開館したら三階は隔離しましょう。秘密の部屋(マンションの部屋をそう名付けた)に誰かが入ろうとしてもよくないし」
スローライフを送りながら、美術館の基本的なレイアウトも決まりつつあった。
一階は受付と展示室と荷物を入れるロッカールームを設置。
二階は展示室だけで、三階は館長室と簡易的な倉庫。
バリアを張って、三階には誰も来られないようにした。
そこからさらに十日が過ぎて、全ての所蔵品についての見識が深まった。
美術史の書籍で学んだことの他、実際に絵や彫刻を見て気づいたことや感じたことは別途ノートにまとめた。
感動に基づいた知識だから、自信を持って説明できる。
日用品の類いも無限に補充されるようなので、在庫を気にせず使えるのがとてもありがたい。
ありがとう、エリューシア様。
「このリストを本にしたいんだけどどうしようかな……」
今後、仮に芸術関係の同業者が来館した場合、所蔵品の貸し出しの話とかが出るかもしれない。
それに美術館としての体裁も考えると、実物としての目録の存在は大きそうだ。
製本について悩んでいると、フォキシーが私の服を引っ張った。
『困ったときは……』
「【美術館長の加護】!」
ということで(本になって!)と念じると、机の上が光り輝いた。
数秒ほどで光が収まった後、そこにはアンティーク調の分厚い本が一冊置かれている。
「『できたー!』」
うまく完成して、フォキシーと一緒にハイタッチする。
表紙には美術館の外観が描かれ、タイトルは美術目録。
中身を確認したら、自分で整理した情報の他、絵画や彫刻など所蔵品の写真が絵として描かれている。
『所蔵品が増えたら、また念じれば自動でアップデートされるコン』
「管理が捗る!」
なんて便利な機能なの。
【美術館長の加護】様様ね。
本の形態で用意できたけど、美術目録については注意点が一つある。
「これは所蔵品の全リストだから、来館者にはやたらと見せないようにしよう。考えたくはないけど、悪い人が貴重な物があると知ったら美術館を襲おうとするかもしれないし」
『そうコンね。セキュリティを考えたらその方が良いコン。世の中、良い人ばかりではないコンからね』
基本的に、館長室で保管することに決めた。
この部屋にもバリアを張ってあるので、誰も侵入できないから安心だ。
美術目録を眺めていたら、不意にフォキシーに言われた。
『初心者にはどんな所蔵品がおすすめコンか~?』
心の底にある情熱が刺激される。
「やっぱり、一番親しみやすい風景画をおすすめするわ。芸術の複雑な専門知識がなくても、直感的に色彩の美しさを楽しめるジャンルだもの。実際に訪れてみたい場所を探す楽しみも感じてもらえたら嬉しいわ。特に、私は《ポリーン・カラベッタ》を薦めたいところ。彼女の描く夕景は太陽の温かさと夜の冷たさが両方伝わるくらいなの。他には人物画もいいわね。馴染み深い人間がモチーフだし、人の感情の機微を描いた作品が多いから共感しやすいわ。所蔵品の中では、《ラヴォワーヌ》が描いた自画像の連作がおすすめよ。10代~晩年の50代まで定期的に描かれているから、まるで彼の人生を映画として鑑賞しているような気分に……」
『ミ、ミオ、ありがとうコン。よくわかったから、そろそろ落ち着いてくれると安心するコン』
「……はっ」
気がついたら、フォキシーを部屋の隅に追い詰めていた。
絵の素晴らしさを説明しながら、興奮のあまり自分を見失ってしまったようだ。
「びっくりさせてごめんなさいね、フォキシー。夢中になったら周りが見えなくなる癖をいい加減直さないと……。じゃあ、そろそろおやつにしましょうか。フォキシーはなに食べたい?」
『かりんとうが食べたいコン!』
「フォキシーは本当にかりんとうが好きね」
館長室の棚にある大きな袋を机に出す。
毎回、秘密の部屋に取りに行くのは大変なので、軽食やお菓子は食料庫から幾ばくか運んできてあったのだ。
私はポテトチップスとサイダーを、フォキシーはかりんとうと緑茶で乾杯する。
『噛むたびに甘い味が染み出しておいしいコン。さくさくした食感もお気に入りなんだコンよ』
「かりんとうはおいしいよね。いくら食べても太らないなんて、本当に【無敵の身体】が貰えてよかったわ。サイダーもいつも冷えてて最高~」
私の身体は無敵なので太らない。
食料庫の食べ物は取り出した後も、冷えろとか温まれとか念じると【美術館長の加護】の力により、その温度になった。
快適すぎて最高だ。
こんな素晴らしい加護をくれたエリューシア様とは、数日前に電話できた。
あのときはイケメン神との合コンで忙しく出られなかったとのこと。
ちなみに結果は惨敗で、愚痴を聞いていたら一時間くらい経ってしまった。
コツを聞かれたから、気配りが大事らしいと言っておいた。
合コンなんか前世で一度も参加したことがないので、主に漫画の知識だけど。
「美術館は明日開館しましょう。バリア代も稼がなきゃだし、何よりこの素晴らしい所蔵品の数々を早くいろんな人に見てもらいたいわ」
『ミルフォードの人たちが来るのが楽しみコンね』
「そうね」
なんとなく怖いのでまだ街には入っていないけど、遠目から見た印象では人口が多く、事前情報通り大きな街道も確認された。
美術館は徒歩20分とそこそこ離れているものの、評判がよければ来館者は少しずつ増えてくれるはずだ。
全ては私の運営能力にかかっているともいえる。
ポテトチップスをかじりながら、頑張らねばと思う。
開館となると、館内を綺麗にしておく必要がある。
この美術館は広大なため掃除が大変かと思ったけど……。
(綺麗になって!)
そう叫んだり念じたりするたび、【美術館長の加護】で一気に綺麗になってしまった。
埃や水汚れも発生するたび自動で除去されるので、いつもピカピカの状態だ。
着実に開館に進んでいる中で、私には重要な悩み事がある。
「開館する前に入場料を決めないと……。無料にしたいけどバリア代を稼がないといけないし、今度何かしらの要因で有料になったらお客さんは嫌な気分になるよね」
『価格設定って難しいコンね。高すぎても来ないコンから』
私の目標は、美術館長として芸術を楽しみながら、のんびり安全にスローライフすること。
お金儲けではない。
だけど、エリューシア様のバリア代を稼いで、美術館と所蔵品を守る使命もある。
私は無敵の身体があるし最悪食べられなくなってもいいものの、所蔵品に被害が出るのは絶対にダメだ。
そして、前世の美術館は無料の場所もあったけど、ほとんどが有料だった。
値下げは歓迎される一方で、値上げは忌避されるのが世の常。
きっと、この世界の人たちだってそうだろう。
今後、急に大金が必要になる可能性もあるので、申し訳ないけど有料にさせていただいた。
「常設展は大人……というか成人は1000ルイン、未成年は一括で200ルインにしようかな。再入場も当日に限りOK。有料にする代わり、無料の日を月2回作りましょう。特別展は追加料金をいただく方式にすれば、わりかし低価格で芸術を楽しめるはず」
『それは良いアイデアコンね。最初の特別展はどんなテーマにするコンか?』
「この世界における稀代の大天才――《ディルーカ・フェルナンデス》のコレクション展よ」
『見たい人はたくさんいるはずコン』
数ある所蔵品の中で私が最も感銘を受けた名画、『湖畔の微笑み』の作者だ。
《ディルーカ》は才覚あふれる男性だった一方、若くして亡くなったため生涯作品数は50点ほどしかない。
短い生涯でも医学や魔法学など多岐の分野に心血を注ぎ絵画に費やす時間が他の絵描きより少なかったこと、本人の完璧主義な性格も完成品の少なさに拍車をかけた。
このような歴史を記した館内の美術史の本もすごく面白く、時間を忘れて読んでしまったのだ。
彼が描いた数多の名画の中でも最高峰と称されるのが、あの『湖畔の微笑み』だったことには大変驚いた。
魂が揺さぶられる感動を、ぜひいろんな人に味わってもらいたい。
よって、記念すべき最初の特別展は《ディルーカ》に焦点を当てた。
会期は2ヶ月。
今は4月なので、ちょうど初夏頃までとなる。
特別展の展示は定期的に地下の所蔵品と入れ替えていけば、お客さんも新鮮な気持ちで芸術を楽しめるだろう。
「……そうだ。特別展をやるなら図録も用意しとかないと」
念じたら、特別展の図録が何冊か作製された。
表紙に載った『湖畔の微笑み』がとても綺麗だ。
まずはサンプルとして受付に設置し、展示の概要を伝えたい。
すでに館内のレイアウトは【美術館長の加護】で変更して、鑑賞しやすいように年代や作家ごとに調整してある。
所蔵品が多すぎても一つ一つの印象が薄くなってしまうので、常設展の物は適度に減らさせてもらった。
特別展と同じく、こちらも適宜展示内容を変えていく予定だ。
セキュリティを高めるため、館内と外のあちこちに中世ヨーロッパ風のデザインの監視カメラを設置した。
念じると視野が頭に思い浮かぶ。
これで、たとえ何か問題が発生しても証拠になるだろうし、館内で体調不良者が出たりトラブルが発生したりしてもすぐ駆けつけられる。
「今後、新たな美術品を仕入れることもあるかもしれないわ。もしそうなってもいいように、館内はいつも整理整頓しとかなきゃ。お客さんが増えたら年間パスポートも作ろう。まぁ、まだどれくらい来てくれるかわからないけどね」
『貴重な所蔵品がたくさんあるしミオも優しいコンから、きっとすぐにお客さんでいっぱいになるコンよ。そういえば、美術館の名前はどうするコンか?』
フォキシーが言うように、まだこの美術館の名前を決めていなかった。
開館前に決めなきゃ。
どんなのがいいだろうか。
しばし考えたら、ふっと頭の中に名前が浮かんだ。
「美術館イチノセ……ってどうかな?」
『覚えやすいし、すっごくおしゃれコン!』
せっかくなので、私の慣れ親しんだ名字を名前にさせてもらった。
外に出て確認すると、ずっと空白だった銘板に"美術館イチノセ"と刻まれている。
これで全ての準備が終わり、私たちは明日を待つ。
翌日。
バリアの迷彩を解除し、OPENとかかれたスタンドを入り口付近に置いたら、美術館の運営が始まるんだと実感が湧いた。
爽やかな風が湖畔を長閑に揺らす光景は、それこそ名画のように美しい。
いよいよ、美術館長としての本格的な毎日が始まったのだ。
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