第6話:美術館長、最初の来館者に可愛い森ガールを迎える
朝十時に開館して、あっという間に二時間が過ぎた。
来館者は未だ誰も来ず、館内はがらんとしている。
閉館後と変わらぬ静粛な雰囲気は、昼間というのにどことなく寂しさが漂う。
私は受付で触るばかりで、膝に乗ったフォキシーが退屈そうに欠伸する。
『全然誰も来ないコンね~。湖が見える景色も収蔵品も館長のミオも素敵なのに』
「やっぱり、立地の問題なのかもね。湖畔近くなのは美しいけど、街から徒歩20分だと足が遠のいてしまうんだわ。美術館の運営が落ち着いてきたら、御者さんを雇おうかな」
『送り迎えがあったら便利コンね』
初日はこのまま閉館時間の18時を迎えてしまいそうだね、などとフォキシーと話していたら、入り口であるガラス扉の向こう側で彷徨く少女が見えた。
年の頃は私と同じ十六歳くらいだろうか。
中に入ろうかやめようか悩んでいるようだ。
『お客さんコンかね? こういうときはドアを開けてあげた方がいいコンか?』
「たぶん……。でも、無理強いしちゃ悪いからねぇ……」
『たしコン』
私は前世で入ろうか迷っているときに、店員さんに薦められると逆に気が引けてしまった経験が何度かある。
数十秒ほど待つと、少女は決心した様子で入館した。
カランッとドアベルが軽く鳴る。
入り口は自動ドアにしようかと思ったけど、この世界には動物の他に魔物もいるとフォキシーに聞いた。
勝手に入って来られると困るので、手動のタイプにしたのだ。
少女は館内を眺めながら、恐る恐る受付の前に来る。
「こ、こんにちは……ここに美術館ができたんですか?」
「こんにちは。ええ、そうなんです。今日から新しくオープンしました。とてもおしゃれなドレスを着てらっしゃいますね」
「あ、ありがとうございます。お気に入りのお洋服なんです」
少女は照れた様子で笑う。
柔らかな茶髪を三つ編みにしており、丸っこい茶色の目が小動物のような雰囲気だ。 落ち着いた緑のワンピースは、胸元部分が白いレースで飾られる。
本場の森ガールみたいで大変可愛い。
彼女はどことなく上品な雰囲気に纏われており、日向ぼっこしているような気分になった。
……はっ、可愛い森ガールに癒やされていないで仕事をしなければ!
「常設展と特別展に分かれていまして、特別展は《ディルーカ・フェルナンデス》のコレクションを展示しています。一番の目玉は"湖畔の微笑み"ですね。サンプルの図録もありますよ」
「ええっ、そうなんですか! 私、《ディルーカ》が大好きなんです! 彼の描く人物画は本当に目の前にいるようで……。しかも、あの"湖畔の微笑み"が見られるなんて本当に運が良いです!」
図録を差し出すと、少女は嬉しそうにめくった。
どうやら芸術が好きなようで、とても嬉しそうに話してくれる。
展覧会を楽しんでくれるといいな。
「未成年の方は、常設展は200ルインです。すみませんが、特別展は追加で800ルインいただきます。当日に限っては再入場もできます」
「合計で1000ルイン……!? そんなに安く見られるなんて……! ほ、本当にいいんですか?」
「ええ、私はいろんな人に芸術を楽しんでもらいたくてこの美術館を開きました。なので、できるだけ、特に未成年の方には低価格に設定しました」
「それは……素晴らしい取り組みですわ。芸術を楽しむハードルは高いですもの」
少女はしばし感動してくれた後、お金を差し出した。
この国の通貨は日本と同じような形式だ。
「では、一枚ずつください。素敵な旅に連れて行ってくれるチケットを」
「ありがとうございます。詩的な言葉ですね」
少女から100ルイン玉を二枚受け取り、チケットを渡す。
これもまた【美術館長の加護】で何枚も制作していて、そのうちの一枚だ。
便利なので、前世でよく使われた半券の仕様を採用した。
少女は受け取った後、チケットを見てさらに笑顔になった。
「すごくおしゃれなチケットですね。この絵はあなたが描かれたんですか?」
絵も何もないただの紙だとつまらないし、私が美術館イチノセの外観を描いた。
前世ではイラストや絵画が趣味だった。
秘密の部屋にはコピックなどの画材も一通り残っており、久しぶりのお絵かきでとても楽しい時間を過ごせた。
私が描いた旨を伝えると、少女は胸の前で手を組んで喜んだ。
「絵がお上手なんですね。すごく素敵な建物だなと思っていたので、とてもいい記念になります。わたしは絵が好きだけど描くのが下手なので尊敬しちゃいます」
「喜んでもらえて嬉しいです。私は絵を描くのも好きで、よく描いていたんですよ」
そこまで話したところで、フォキシーが私の膝からモフッと顔を出した。
『楽しんできてコンね~』
「えっ、この子は……精霊ですか!? しかも、子狐の可愛い精霊なんて初めて見ました! 可愛い~!」
"ローワン・フェルム"はファンタジー世界なので、精霊がいるとフォキシーから聞いた。
それでも結構レアな存在らしく、そう簡単には会えないとも。
精霊が持つ力はまちまちだけど、フォキシーは前世で私が籠めた思いのおかげでかなり上位の戦闘力を持つそうだ。
いつか見せてもらう機会があるのかしら?
せっかくなので少女にも紹介する。
「この子は私の友達、フォキシーです」
『よろしくコン。少しくらいなら撫でてもいいコンよ』
「いいの!? うわーい!」
少女は喜んでフォキシーを撫でる。
特に六本ある尻尾が気に入ったようで、モフモフと触っては喜んでいた。
しばらく堪能した後、少女はハッと現実に戻るような素振りを見せる。
「ごめんなさい、好き勝手触ってしまって。あまりのモフモフ具合が素晴らしく、つい夢中に……」
『撫でてくれて嬉しいコン』
「展示品については解説もできますので、何か聞きたいことがあったら教えてくださいね。もしよかったら、鞄はそちらの荷物棚に入れてくれださい。無料でご利用いただけます」
私が壁際の荷物棚――要するに、ロッカーを指すと、少女は表情が明るくなった。
「いいんですか? とても助かります。いろいろと荷物が重かったので、身軽に見学できるなんて最高です」
「喜んでいただけて嬉しいです。どうぞゆっくりご覧ください」
『広いから迷わないように気をつけてコン~』
鞄を預けた少女は、手を振って展示室に向かう。
静かな館内に、感嘆とした小さな呟きが響いた。
私は館長業務を進め、フォキシーは教えた折り紙で遊ぶ。
二時間ほどが過ぎた後、少女が受け付けを訪れた。
「あ、あの、一度街に戻ってもいいですか? お昼ご飯は家族と食べることになっていまして。再入場は当日に限り可能ということですが大丈夫ですか?」
「ええ、もちろん構いません。再入場も全然OKです」
少女はお辞儀をして外に出る。
なんだかとても丁寧な人で、遠目から見たミルフォードの住民とはどことなく違う印象だ。 それについてはフォキシーも感じ取ったらしく、名探偵さながらの推理を披露する。
『ボクが推理するに、あの子は貴族かもコンね。話し方も服装も上品コン』
「芸術に興味を持つってことは、普段から近くにあるってかしら。だとすると、裕福な家のイメージが強いのだけど」
『お忍びで来館した王女様の可能性もあるコンよ』
「まさか、そんな」
仮に王女様だったら、緊張でどうにかなってしまいそうだ。
どうか違うことを祈ると、私は重要な事柄に気づいた。
「この間に私たちもお昼ご飯を食べましょうか。時間帯もちょうどいいわ」
『ご飯食べたいけど誰かが来たらどうするコン?』
「受付に呼び出しベルを置いておくから心配しないで。館長室にいることもメモに書いてきましょう」
受付に〔ご用の方はベルを鳴らしてください 館長〕とメモを置き、私とフォキシーは館長室に行く。
昨日作っておいたお弁当を広げた。
来館者については、受付付近の監視カメラ映像を空中に出して見ることでチェックする。 とはいえ、受付は一階で館長室は三階。
急いで走っても少し待たせてしまう。
この美術館にはまだ全然来館者がいないけど、ゆくゆくは従業員を雇う必要がありそうだ。
結局、少女はお昼ご飯で抜けた以外は、ほとんど一日中美術館にいた。
館内には芸術関連の書籍も置いてあり、大変興味深く読んでもいた。
閉館近づく17時30分過ぎ、彼女はわざわざ受付に来て挨拶してくれた。
「あの……今日はありがとうございました。他の場所では見られないような素晴らしい絵画や彫刻ばかりで、時間を忘れてのめり込んでしまいました」
「楽しんでもらえてよかったです。素晴らしい所蔵品は、いろんな人が楽しんでこそですから」
芸術はみんなで楽しむのが一番だ。
そのような私の気持ちに、少女も同感だと頷いていた。
「それでは、わたしはそろそろ帰ります。もしかしたら、明日も来るかもしれません」
「はい、お待ちしています。暗くなってきたのでお気をつけて」
館内には他に誰もいないので、フォキシーと一緒に少女を見送った。
初日の来館者は彼女一人だけ。
でも、異世界の芸術好きな人と交流できて嬉しかった。
入り口外にあるスタンドの表示をCLOSEに変える。
空の端っこから少しずつ空の青が暗くなっていて、穏やかな夜の訪れが感じられた。
開館してまだ一日だけど、すでにこの生活がとても好きになっていた。
吹き抜ける風は冷たくて気持ちいい。
明日はまた美術館の運営だ。
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元限界社畜アラフィフOL、異世界で【美術館の館長】やってます!~無敵の身体と女神様の加護で送る、安全でアートなスローライフが最高です~ 青空あかな @suosuo
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