第3話:美術館長、異世界の名画に感動した後、自作のオリキャラと再会する

 不意に意識が戻ってきて、私は目が覚めた。

 どうやら机に突っ伏していたようで、ぼんやりと身体を起こす。

 目の前には中世ヨーロッパを思わせるアンティークな部屋が広がり、窓からは長閑な湖が見えた。

 ここはどこ?

 ……そうだ、私はエリューシア様の作った世界――"ローワン・フェルム"に転生したんだっけ。

 身体をぐぐ~っと伸ばしていると、徐々に意識がはっきりしてきた。


 私は美術館の中に転生したのだろうか。

 そう思って改めて周りを見るけど、絵画や彫刻の類いは置かれておらず室内は殺風景だ。

 どこかの家かしら。

 エリューシア様の別荘的な……いや、待って。


 もしかして、ここは館長室じゃない?


 机の上をよく見たら、高級そうな黒塗りの三角席札が置かれている。

 恐る恐るひっくり返すと、見知らぬ文字が書かれていた。

 読めない。

 困ったわね、文字が読めないと館長なんてできないわ。

 漫画やアニメでは女神様の加護で習得できちゃうものだけど、私の場合は違うのだろうか。

 それにしても……。


「館長かぁ」


 感慨深くて、思わず呟いてしまった。

 言われてみれば、気品ある内装も館長室っぽいと言えば館長室っぽい。

 ふと、部屋の片隅に、おしゃれな鏡があるのを発見した。

 エリューシア様は私の身体を16歳にしてくれると言ったけど、本当に若返ったの?

 慎重に覗き込むと、さらりとした黒髪を肩くらいまで伸ばした黒目の少女がいた。


「……若返ってる……16歳の私になってる!」


 感激のあまり叫んでしまった。

 髪はハリがあって、お肌はすべすべ。

 そういえば、目はすっきりしているし身体は軽く、いつもの嫌な頭痛や動悸もない。

 健康そのものの身体だ!

 それだけでもとても喜んだけど、館長室から出たらさらなる感動で胸がいっぱいになった。


「……うわぁ」


 広大な通路が左右に伸び、壁には何枚もの美しい絵画が飾られる。

 人物画に風景画、抽象画にデッサンまで……。

 館内に人は誰もおらず、閑散とした雰囲気が教会のように静粛だ。

 適度に椅子やベンチも置かれ、今すぐにでも開館できそうな状態。

 壁や天井にかけられたランプはどれも消えており、明るさは自然光だけ。

 ほどよい暗さが一段と周囲の静けさを際立たせ、私を芸術の世界に誘った。


「こんな空間で暮らしていけるなんて……夢みたい……」


 フラフラと絵を眺めながら歩く。

 絵の近くには、作者や絵画の意味などを説明するキャプションパネルらしき板が貼られているけど、残念ながら文字が読めない。

 心ゆくまで全てをじっくり見たいものの、まずは生活基盤を整えてからの方がいいかも。

 建物全体の設備を確認しなきゃだし、エリューシア様のバリアも同様だ。

 食糧が無限に出るという食料庫も見ておきたい。


 ……などと考えながら歩いていると、一枚の絵画の前で足が止まった。

 長閑な湖畔を背景に、微笑湛える美しい女性が描かれた肖像画だ。


 女性は柔らかなアイボリーのドレスに身を包んでおり、湖畔の深い青と爽やかな草の緑と見事に調和する。

 一目見て、輪郭線が描かれていないことがわかった。

 女性の顔も湖畔も、影で形が描かれる。

 ドレスの光の反射が控えめなのは、女性の顔に焦点を集めるためだろう。

 遠くの背景を青く描くという巧みな空気遠近法により、背景が無限に続く感覚に陥る。

 おそらくスフマート技法によると思われる、薄い色を何層にも塗り重ねた肌のグラデーションにより幻想的な雰囲気がとても強い。

 気をつけないとふわふわした印象になるところを、女性の顔と両肩による三角構図で安定感を出しているんだ。

 湖畔の水平線が肩より下に位置されているのも、絵画の落ち着きに一役買っている。

 数々の技法はもちろんのこと、絵画と私がいる現実世界との間に境界が感じられず、肖像画の人物と一緒に呼吸しているような感覚が素晴らしい。


 気がついたら、自然と涙が零れていた。


「これは……この世界のモナ・リザだ」


 前世でも数々の名画を見たけど、これほど美しい絵があるのかと心が震えて動けない。

 魂を揺さぶられている感覚だ。

 絵画の前のベンチに座り、しばらく心を奪われてしまった。

 感動の昂ぶりが落ち着いたところで、私はとても大事な課題に気づいた。


「素晴らしい所蔵品ばかりだけど……知識がないのが残念だわ」


 館長をやるのなら、絵画や彫刻の歴史や作られた意味をしっかり把握する必要が……もっと言うなら来館者より熟知している必要がある。

 美術館は単に絵や彫刻を保管したり展示する場所ではなく、芸術の教育や普及を担う施設でもあるから。

 所蔵品だけじゃなくて、美術館の外観も確認しておこう。

 外に出た私は、あまりの美しさに胸の高鳴りを抑えることができなかった。


「うわぁ……綺麗な建物……!」


 外壁はシックな赤色で、窓枠は淡い白色で彩られる。

 湖畔や空の青と草地の緑の中で、陽光を浴びて誇らしげに輝いていた。

 凸型の形がシンプルながら美しい。

 景色を邪魔しないのに、存在感に溢れてとても目を惹かれる。


「これが私の美術館なんだ……」


 この素敵な建物で新しい人生を過ごせると思うと、嬉しさで胸がいっぱいになった。

 しばし、外観の美しさに見惚れたところで、一度館内に戻る。

 ここは美術館なので、美術史に関する本もどこかに所蔵されているはず。

 所蔵品を見ながら本を読みたいのだけど、文字がわからないのは非常に困る。

 館長業務だけでなく日常生活にも支障が……。


『ねえー、そろそろ【美術館長の加護】を発動したらどうコンか? ボク、早くミオに会いたいコンよ』

「……え?」


 突然、どこからか可愛い声が聞こえ、激しく驚いた。

 急いで周囲を見るも誰もいない。

 空耳かしら?

 ……と思う私に、なおも謎の声は語りかける。

 

『ボクはフォキシー。ミオの異世界生活をサポートする、ガイド役の精霊コンよ。さながら、澪の音声ガイドってところコンね』

「ええ、すごい! ガイドなんてありがたいわ! あなたに会うにはどうすればいいの!?」

『【美術館の加護】発動! って言うだけコン』

「なるほど」


 さっそく、ファンタジー感満載な出来事が起きた。

 それにしてもフォキシーって名前はどこかで聞いたことあるなと思いつつ、私は告げる。


「【美術館の加護】……発動!」


 目の前の空間が光り輝いたかと思うと、50cmくらいの白い子狐が現れた。

 耳の先っぽは朱色で彩られ、琥珀色の目の周りも朱色の隈取りがある。

 尻尾は六本もあって、触らなくてもすごくモフモフしているんだと感じられた。


『久しぶりコン、澪! ……いや、この世界じゃカタカナのミオになるコンね! ミオにまた会えて本当に嬉しいコン!』


 子狐は心底嬉しそうな顔で話す。

 その笑顔を見た瞬間、私の頭には強い衝撃が走った。


「フォキシーって……あのフォキシー!?」

『そう! ミオが描いてくれたボクコンよ!』


 彼は前世で私が描いたオリキャラだ!

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