マリとマリン 2in1 酔

@tumarun

第1話

 通りに面した公園の一角にあるベンチに日向翔が座っていた。片手でスマホを弄り、画面を見入っている。 


ファア〜


 時折、欠伸も溢している。


「翔〜!」


 公園の入り口から彼を呼ぶ声が、


「やっと、帰ってきたよ。どれくらい待たせるんだか」


 かなり、待たされたのだろう。少し苛立ちが入っている。


「ごめんなっし。待ったせてごめんなり」

「どこまで行ったの?」

「サンドイッチ屋さんなり。ネットで美味しいって、言ってたなしな」


 講義も終わり、茉琳は馴染みのパティスリーへ向かっていた。彼女は昼休みにケーキの夢を見たようで食べに行こうということのなったんだ。

 でも、途中、茉琳は小腹が空いたなりと言って、翔を公園に置いて、一人で買いに出ていってしまった。


「一緒に行かなくてよかったの。転んだりしなかった?」

「心配してくれてありがとうえ。大丈夫だったなり」

「で、何を買ってきたの?」

「ん? 卵サンドなり。友達に聞いて何時か買ってみたいと思っていたなし」

「茉琳。友達いたんだ」

「ひどいなっし。ウチだって、それなりにいるなり」


 実は、茉琳は翔に出会う前に別の彼氏がいた。かなり靡いていたらしく、元彼に近づく女たちを苛烈に追い立てた。おかげで同性の友人をほとんど失っている。

 しかし、元彼と死別し、翔と付き合うようになって素行が変わった。周りに笑顔を振り撒き、愛嬌も出てきたことから、少しづつだが友人が増えている。


「あきホンとか、お誾さんがいるもんな。ごめん、ごめん」

「プウ! ひどいなっし。翔には卵サンド分けてやらないなり」

「別にいらないよ。それより大丈夫なの。これからケーキを食べに行くんじゃなかったけ」

「だいじゅぶ。大丈夫。大丈夫なりぃ。サンドイッチと甘いものは別腹なし」

「そんなこと言って、知らないよ。また、お腹が………」

「嫌なこと、思い出させて欲しく無いないなり。翔のい・け・ず!」


 茉琳は、以前フライドチキンの食べ過ぎで太ってしまったことがある。悲観に暮れる茉琳を見兼ねて、翔が朝のウォーキングに始まり、食事の改善をさせた事でかなり改善していた。


「せっかく、翔にネットでも評判で美味しいって言うミルクティも買ってきたなり。もう、あげないなしよ。プンプン!」

「そう、怒るなって。でも困ったな。美味しいっていうミルクティには興味がある。どうしたらいい?」

「ふっ、ふぅ〜ん。そうなし、そうなり、そうなしな。でも、ウチの優しさは、この空よりも広いなり。だから、ちゃんと翔に進呈するなりよ」

「そうか、助かるな。では、俺は茉琳に海より深い感謝を捧げます」

「はっ、はっ。はあ。苦しゅうない、苦しゅうない、善きにはからえなし」


 不機嫌な表情から一転、ニコニコと笑い顔で、茉琳は翔の隣に座る。

 そうして、手持ちの店名が印刷された紙袋から、まずカップを二つ取り出すとベンチに並べる。そのうちの一つを取ると、


「はいな。翔。これ、飲んでえぇな」

「おっ、ありがと」


 翔に手渡して、茉琳は紙袋から新たに透明なOPPシートに包まれたサンドイッチを取り出した。透けたシートからは、パンから溢れんのばかりの色鮮やかな黄色い卵サラダが見えている。

 彼女は、待ち遠しそうにパリ、パリと音を立ててOPPシートを広げ中身を掴むと、アングと口を開けて、サンドイッチに齧りつこうとした。


「?」


 ふと、視線を感じたようで口を開けたまま、動きを止めた。


「翔。ウチの顔に何かついてるなしか? ジッと見られて恥ずかしいなり」

「いやっ、凄く美味しそうだなって」

「翔も食べるえ?」

「あぁ。少しで良いから」

「ちと、待っててなっし。すぐ、割って見るえ」

「いいのか? 楽しみにしていたんじゃないのか」

「大丈夫。まだ、もう一つあるなり。はい」


 茉琳は、手持ちのサンドイッチを二つ割り、片方を翔に渡す。しかし残る一つを渡そうとはしなかった。


「おおっ、ありがとう」

「ウチの心は寛大え。もっと崇め祀ったて言いなりよ」

「言ってろ」

「ホホホッ」


 二人は、そう言い合いながらも、サンドイッチに齧り付いた。茉琳はモシャモシャと口に頬張り、翔もパクついていく。暫く、二人はサンドイッチの味を楽しんでいると


「なあ、茉琳。卵サンドって、食べるとスウって口の中しないか? 涼しい感じがする」


 翔は手持ちのサンドの食い口の断面を見ながら茉琳に聞いた。


ヒックュ


 傍から、シャクリ音が、


「えっ?」


ヒックュ


「茉琳?」


ヒック


 翔は、慌てて、茉琳を見た。そこには、


ヒック


 顔を赤く染め、半眼な目をトロ〜ンとさせているマリンが居た。


「茉琳⁈」


「なぁ〜にぃ……ヒィ」


 呂律も怪しくなっていた。


「茉琳、酔ってるの? 顔が赤いよ」

「ウチ、酔ってへん。ちぃ〜と気持ちええだかえや……ヒック」


 酔っ払いほど、自分は酔っていないと言う。

  

「絶対、酔ってるって。お酒飲んでるの?」」

「酔ってへんって言ってるやんけ。信じて〜な」


 そう言いつつ、茉琳は翔へ体を寄せていった。翔は体を横に

ズラしてマリンから逃げようとする。


「ななんで、逃げるねん。もうちっとこっちキーへんか。ひどいことなん、せんからなぁ」

「どうしたの。おかしいよ。マリンも知ってるでしょ。俺が女の人に近づかれると、発作が出るって」

「そんなこと、知らんがな。ウチなら、で、ええんとちゃうか?」


 茉琳は腰を上げてベンチに上がり込むと翔に詰め寄っていく。


「でもな、息が苦しくなったときもあったし………」


 翔は、腰をずらして逃げようとするのだが、端までいってしまい。逃げ場所を失う。後は落ちるしかない。


「しょうがないやっちゃ。翔が、逃げるならこうしちゃるわ」


 茉琳は、翔の顔にキスでもするかに見えるほど自分のこと顔を近づける。


「ヒッ、ひっ、ヒィ〜」


 そのまま、翔に抱きつき押し倒してしまった。更に翔の上に伸し掛り、



 軽くフレンチキス。


「キャハハハハッ。翔の顔、おもしろ〜い」

「鳩が豆鉄砲を食ったような顔しちょる」


 一つの口で二人が喋り出す。茉琳に中には、もう一人、茉莉という魂が宿っている。ひょんなことで同居することのなってしまった。


「ハハハのハ。ほんま、おもろい顔しとるは」

「でしょ。スマホで撮っておかないと、ハハハのハハハ」


 茉琳は、翔の上で体を震わせている。


「茉琳、いい加減しろよな。いつまで笑っていると怒るよ」


 翔もマリンの下で組み敷かれながらも、怒りに体を震わている。


「何が怒るよや。そもそも、翔。おまんが悪いんよ」

「そうよ、そうよ。いっつも私らを見下した態度してるし、あなた何様って言いたくなるわよ」

「まっ、茉琳。一体、なんの話を………」

「翔、あなたねぇ………」


 とうとう、茉琳は翔に馬乗りになり、説教を初めてしまった。こう言うのを巷では、笑い上戸、絡み上戸という。そして、


「ねえ、翔。私もマリンもあなたの事が好きよ。だから………」

「だから、ギョウサンかまってえなぁ。ギュッと抱きしめてくれぇな」

「で、ないと………」

「ウチら寂しとおぅて………」


 泣き上戸。翔に覆い被さるように話をする茉琳の目から涙が滲み出る。そして翔の頬へ滴り落ち、濡らしていく。


「茉莉。茉琳………」 


 翔は彼女たちにはなる言葉に詰まってしまった。そのうち茉琳は瞼を閉じ、翔に覆い被さってしまう。


「ちょっと、茉琳。茉莉さん」


 スゥ〜、スゥ〜


 寝てしまっていた。


「茉莉、茉琳。起きてよ。ちょっとお………」


 彼女ら起こすのもままならず、もがくしかなかった。


 翔の懊悩は続く。暫くして起こすのを諦めかけた頃、


「そちらにいるのは、翔さん?」


 公園の入り口から翔の記憶にある声がかかる。


「まあ、まあ。茉琳さんまで。人気がないとはいえ、翔さんを組み敷くなんて。なかなか情熱的だこと。なんか焼けますね」

「良かったあ。あきホン、助けてもらえますか」


 あきホンは、茉琳の友人の一人。この春に大学内で出会って以来、茉琳と何かと仲良くしてもらっている。


「茉琳が、なんか酔っ払ったみたいで、いきなり押し倒されたんですよ」

「酔っ払った? お日様も高いのにお酒でも飲まれました?」

「違いますって。茉琳はサンドイッチを食べただけなんですって」

「サンドイッチで酔っ払う。ん〜、聞いたことは………。かおリンはありますか?」


 あきホンの傍には、もう一人、女性が立っている。いつもあきホンんの隣にいて行動を共にしている。彼女も翔と学部こそ違え、同じ大学に通っている。


「私も聞いたときないですね」

「そうですよね。サンドイッチで酔うなどと」

「二人とも、どうでもいいですから、茉琳を俺の上からどうにかしてください」


 二人は、翔そっちのけで話し込んでしまった。


「あきホン、かおリン助けて。お願いです」

「翔さま。そんな無粋なことはできるわけありません。ごらんなさい。茉琳さんの安心し切って安らかな顔。あなたの事をどれだけ慕っているの分かろうもの。どうか、このまま、茉琳さんを寝かしつけておいていただけますか」

「そんなぁ」

「では、私たちはここら辺で、お暇させていただきます。翔様。これ式のこと、受け止めるのが男の甲斐性。茉琳さんの事、よろしくお願いしますわ。では、かおリン。参りましょう」


「あきホンさ〜ん」


 ニッコリと笑顔を残して二人は翔の上で眠る茉琳を残して公園を出ていった。

 翔の懊悩、再び。当然、ケーキは後日と相成りました。


 公園を去りつつ、二人の会話は続く。


「ねえ、あきホン。もしかしてだけど。サンドイッチって、酒精使っていませんでしたっけ。消毒とか風味を出したりとか」

「そうなのですか? 初めて伺いました」

「酒精ってエチルアルコールともいう、お酒の仲間なんです」

「まあ、そうなんですね。かおりんは博識でいらっしゃる」

「でも、酔っ払うほどの濃度じゃないです。おかしいなあ」

「酒精ということは、お酒の精霊さんかしら。ディオニソスの取り巻きのバッカンデスあたりかも。イタズラかしら。茉琳さん、以前もそういう方々にチョッカイされましたから」

「まあ、彼女も複雑な人ですからね」

「でもね、今回だけはグッジョブです。お二人の中を深めるには。後でお礼しないといけませんね。」

「で、知ってますか。記事にもなったのですけど、今、仕事で車の運転をされる方って、アルコール検知器で調べないといけないそうです」

「そうなんですね。世知辛い世の中でありますこと」

「事故なんか多発しましたから。で、なんか30分前に食べたあんぱんが原因でひっかかたとか。やはり、酒精を使わていたそうなんです」

「それは精霊の悪戯かしら、とっちめないといけませんね」

「喉スプレーでも検知されるそうですよ」

「どこに、何があるかわかりませんね」

「本当に、そうですね。就職したら気をつけないと。まあ、もうしこし先ですけど」

「そうですね。気をつけるといたしましょう」


 そうして、街中へと二人は歩き去っていった。


車で外回りされる方、お気をつけくだい。




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