第15話 選ばなかった勇者

 夜明け前、村は静かだった。


 中央への返答期限は、今日。

 使者は、正午には戻ってくる。


 俺は、剣を腰に下げたまま、村の外れに立っていた。


 戦うためじゃない。

 逃げるためでもない。


 ――立つためだ。


「早いですね」


 背後から、テファニアの声。


「眠れなかった」


「でしょうね」


 並んで、空を見る。

 白み始めた空は、どこまでも普通だった。


「中央は、

 あなたが決断すると思っています」


「だろうな」


「勇者が選び、

 支配者が従う」


 彼女は、淡々と口にする。


「それが、

 彼らの世界での“正しさ”」


 俺は、剣の柄から手を離した。


「だから、

 それはやらない」


 彼女が、こちらを見る。


「決めない?」


「違う」


 首を振る。


「決める。

 ただし、

 中央の土俵では」


 少しの沈黙。


「どういう意味ですか」


 俺は、深く息を吸った。


「俺は、

 この村の進路を決めない」


 彼女の眉が、わずかに動く。


「代わりに」


 続ける。


「誰が決めるかを、

 決める」


 彼女は、しばらく黙っていた。


「……私、ですか」


「違う」


 はっきり言った。


「村だ」


 彼女の目が、見開かれる。


「中央が求めてるのは、

 分かりやすい象徴だ」


「勇者」


「そう」


 俺は、一歩前に出た。


「だから俺は、

 中央には“勇者として”答える」


「内容は?」


「こうだ」


 息を吐く。


「――この村は、

 勇者の専断でも、

 支配者の独裁でもない」


 彼女を見る。


「決定権は、

 村の合議にある」


「……中央が、

 そんな曖昧なものを認めると?」


「認めなくていい」


 笑った。


「でも、

 介入する理由も失う」


 彼女は、理解が追いついたようだった。


「勇者が権限を放棄し、

 支配者が独占しない」


「そう」


「中央は、

 “介入すべき敵”を定義できない」


 静かに、

 確信をもって言う。


「正義は、

 分かりやすい敵がいないと、

 動けません」


 彼女は、長く息を吐いた。


「……あなたは」


 少しだけ、声が柔らぐ。


「最後まで、

 選ばない人ですね」


「違う」


 首を振る。


「選ばされないことを、

 選んだ」


 正午。


 使者が戻ってきた。


 俺は、勇者として答えた。


 剣も、命令も、

 一切使わずに。


 中央は、困惑した。

 理解できなかった。


 だが、介入もしなかった。


 敵が、

 いなかったからだ。


 数日後、

 村はいつも通りに回っている。


 テファニアは支配者であり続けるが、

 一人で決めることは減った。


 俺は勇者だが、

 命令は出さない。


 それでも、

 誰も困らなかった。


「……不思議ですね」


 夕暮れ、彼女が言う。


「あなたが、

 一番“勇者らしくない”判断をして、

 この村は守られた」


「勇者なんて、

 肩書きだ」


「ええ」


 少しだけ、笑う。


「昔も、

 そう言っていましたね」


 俺は、空を見る。


 転生した理由。

 勇者に選ばれた意味。


 それは、

 世界を救うためじゃない。


 ――同じ失敗を、

 繰り返さないためだ。


 前の人生で、

 選ばなかった男が。


 この世界で、

 選ばされる役割を拒み。


 それでも、

 誰かを守れた。


 それで、十分だ。


 俺は剣を置いた。


 勇者であることを、

 やめたわけじゃない。


 ただ――

 選ばなかった勇者でいることを、

 最後まで貫いただけだ。


 それが、

 俺なりの結末だった

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豪遊主夫だった俺、勇者に転生したら元妻が村を支配していた rhythm @rhythm5575

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