第8話 同じ癖
兵が引いた翌日、村は表面上、何事もなかったように動いていた。
だが、空気は変わっている。
昨日までの“静かな安定”ではない。
判断の行方を、皆が待っている。
俺は、テファニアから呼び出しを受けた。
執務室。
変わらない配置。
変わらない簡素さ。
「昨日の判断、感謝します」
形式的な礼だった。
「礼を言われるようなことじゃない」
「ええ。結果の話です」
彼女は机の上に、新しい書類を置いた。
「中央は、次の手を考え始めています」
「分かってる」
それでも、彼女は説明を続ける。
「あなたが止めたことで、
強行策は一時的に使えなくなった」
「一時的、か」
「はい。だから、次は正当性を作りに来る」
冷静な分析。
俺は書類に目を落とした。
中央の再編案。
表向きは“救済”。
「……回りくどいな」
「正義は、時間を使うほど強く見える」
その言い方に、胸がざわつく。
どこかで聞いた。
「村側の選択肢は?」
「二つ」
彼女は指を立てた。
「従って、徐々に吸収される」
一本目。
「あるいは、先に成果を出し、
“従う必要がない”と証明する」
二本目。
「どちらを選ぶ?」
自然に、そう聞いていた。
テファニアは、少しだけ首を傾げた。
「それを決めるのは、私です」
即答。
だが、続けて言う。
「ただし、あなたの動き次第で、
成功率は変わる」
責任の分配。
リスクの整理。
その進め方が、あまりに――
「……似てるな」
思わず、口をついて出た。
「何が?」
「考え方が」
彼女は、一瞬だけ目を細めた。
「合理的だと、よく言われます」
その言葉に、既視感が走る。
前世で、何度も聞いた台詞。
「感情を切り捨てるタイプだ」
「誤解です」
彼女は否定した。
「感情は、判断材料の一つ。
優先順位が低いだけ」
言い切り方。
言葉の選び方。
――同じだ。
否定したいのに、
一致点が増えていく。
「勇者様」
彼女は、ふと話題を変えた。
「あなたは、なぜ剣を振るわない?」
直球だった。
「振る理由がない」
「理由が揃うまで、待つ?」
「……そうだ」
彼女は、小さく息を吐いた。
「あなたは、決めるのが遅い」
責める声ではない。
「でも、決めない人ではない」
評価だ。
その視線に、胸が詰まる。
誰かに、
こんなふうに見られたことがあっただろうか。
ふと、気づく。
彼女は、俺を
過去を持たない他人として扱っている。
それなのに、
評価の精度が異常に高い。
会話が終わり、立ち上がる。
扉に手をかけた瞬間、
彼女が言った。
「勇者様」
「なんだ?」
「決断を先延ばしにするとき、
あなたは必ず、剣から手を離す」
動きが止まる。
「無意識の癖です」
振り返ると、彼女は書類に視線を戻していた。
胸の奥で、何かが音を立てた。
――知っている。
この癖を、
指摘されたことがある。
昔。
とても近い場所で。
だが、思考が結論に届く前に、
俺は首を振った。
違う。
そんなはずがない。
彼女は、この世界の人間だ。
俺の過去を知る理由がない。
そう、言い聞かせながら、
部屋を後にした。
それでも、
胸の違和感は消えなかった。
――同じ癖を知っている他人。
それが、
何よりも不気味だった。
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