第7話 決めないという介入
その朝、村に小さな混乱が起きた。
騒ぎと呼ぶほどではない。
だが、空気がわずかに張りつめているのが分かる。
宿の外に出ると、護衛の一人が駆け寄ってきた。
「勇者様。
村の東で、兵が集結しています」
「王都の?」
「はい。先遣です」
胸の奥が、冷えた。
まだ報告も結論も出していない。
それでも、事は進んでいる。
「誰の判断だ?」
「中央です。
あなたが“動かない”という判断をした、と」
言葉の意味を理解するのに、少し時間がかかった。
――動かないことが、判断扱いされている。
東の外れへ向かうと、鎧を着た兵たちが整列していた。
数は多くない。
だが、示威には十分だ。
村人たちは距離を取り、静かに様子を見ている。
恐怖よりも、困惑が勝っている顔だった。
「勇者様」
隊長格の男が、礼をする。
「あなたの指示を待っています」
指示。
剣を抜くか、
説得を続けるか、
あるいは――何もしないか。
だが、そのどれもが、
すでに“選択”として処理される。
そこへ、彼女が現れた。
テファニア。
歩調は一定で、周囲の視線を意に介さない。
「説明は?」
短い問い。
「示威です」
隊長が答える。
「勇者様が判断を留保されているため」
テファニアは、ゆっくりと周囲を見渡した。
「留保は、現状維持ではありません」
静かな声だが、はっきりしている。
「力の均衡を、中央側に傾ける行為です」
隊長は黙った。
否定できない。
彼女は俺を見る。
「あなたは、何もしていないつもりでしょう」
その通りだった。
「でも」
一歩近づく。
「あなたが決めないことで、
他の誰かが、あなたの代わりに決めている」
胸が締めつけられる。
前世と同じだ。
俺が黙り、
彼女が決め、
結果だけが残った。
「勇者様」
彼女は、兵ではなく、俺にだけ聞こえる声で言った。
「中立は、存在しません」
その瞬間、村の子どもが泣いた。
兵の鎧の音に驚いたのだろう。
母親が慌てて抱き寄せる。
小さな出来事。
だが、十分だった。
剣に手をかける。
振るうためじゃない。
止めるためだ。
「兵を下げろ」
自分の声が、思ったより通った。
隊長が驚いた顔でこちらを見る。
「勇者様?」
「これは命令だ」
初めて、肩書きを使った。
「現時点で、この村に敵対行動はない。
示威は不要だ」
沈黙。
やがて、隊長は歯を食いしばり、頷いた。
「……了解しました」
兵たちが、ゆっくりと隊列を崩す。
村の空気が、少しだけ緩んだ。
だが、安心ではない。
テファニアが、俺を見る。
「それで?」
問いが続く。
「これは、どちらの判断?」
正義か。
合理か。
あるいは――逃避か。
「……俺の判断だ」
そう答えるのに、
勇気が要った。
彼女は、わずかに目を細めた。
評価とも、警戒とも取れる視線。
「なら、覚えておいて」
静かに言う。
「今、均衡はあなたに移った」
それは、祝福ではない。
責任の移譲だ。
彼女は踵を返し、去っていく。
残された俺は、剣を下ろした。
初めてだ。
誰かに決められた役割ではなく、
自分で決め、その結果が即座に現れた。
だが、同時に理解する。
――これは始まりに過ぎない。
決めるとは、
一度きりの行為じゃない。
この先も、
何度も、何度も、
選び続けなければならない。
勇者である限り。
そして、
彼女が支配者である限り。
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