第6話 正義が遅れる

村に滞在して、二日が過ぎた。


 勇者である俺は、特に制限も受けていない。

 村の中を歩き、話を聞き、好きに観察していいと言われている。


 監視がないのではない。

 必要がないのだ。


 朝、市場に出ると、村人たちは普段通りに働いていた。

 誰かが命令を出している様子はない。


「勇者様」


 露店の老女が、頭を下げた。


「何か困っていることは?」


 形式的にそう聞くと、老女は首を振る。


「いいえ。むしろ助かっています」


「……支配されている、とは思わないか?」


 言葉を選んで聞くと、老女は少し考えた。


「支配、ですか」


 彼女は笑った。


「若い頃は、誰も決めてくれなくて困りましたよ。

 今は、決めてくれる人がいる」


 その言い方に、疑問を覚える。


「決められるのは、嫌じゃないのか?」


「嫌なこともあります」


 即答だった。


「でも、理由を説明してくれる。

 間違っていれば、次は直る」


 信頼だ、と理解する。


 次に立ち寄ったのは、農地だった。

 数人の男たちが、効率的に作業を分担している。


「指示は誰が?」


 そう尋ねると、一人が答えた。


「代表の方です」


「毎日?」


「いえ。仕組みだけ決めて、

 あとは各自です」


 勇者の剣よりも、

 よほど“軽い統治”だと思った。


 宿に戻ると、護衛が待っていた。


「報告を」


 王都への報告義務だ。


「反乱の兆候なし。

 住民の不満も、特に見られない」


 事実を伝えると、護衛は眉をひそめた。


「それでも、従っていないのは事実です」


「……それが問題か?」


 思わず、そう口にしていた。


 護衛は一瞬、言葉を失った。


「勇者様?」


 自分でも驚く。


 正義を執行する側のはずが、

 その前提を疑い始めている。


「いや……」


 言い直そうとして、言葉が続かない。


 夜、宿の部屋で一人になる。


 机の上には、剣と、

 彼女――テファニアから渡された資料。


 数字。

 予測。

 結果。


 感情は、どこにもない。


 それでも、王都の命令書より、

 ずっと現実的だった。


「……正義が、記号になってる」


 そう呟く。


 勇者という存在は、

 問題を“早く”解決するための装置だ。


 だが、ここでは、

 問題がすでに解決されている。


 俺が来たことで、

 何かが良くなる余地はあるのか。


 考えれば考えるほど、

 剣は重くなる。


 翌朝、神殿から使者が来た。


「進展は?」


「現状、問題は見当たらない」


 使者は、淡々と言った。


「問題があるから、あなたは行ったのです」


 言葉が噛み合わない。


「従っていない、という一点が問題です」


 それだけ。


 正義は、遅れてやってくる。

 しかも、理由を持たない。


 俺は剣に手を伸ばし、

 そして、止めた。


 まだだ。


 ここで振るえば、

 正しさは示せても、

 結果は壊れる。


 その判断を下した瞬間、

 はっきり分かった。


 俺はもう、

 “役割通り”には動けなくなっている。


 それが救いなのか、

 破滅の始まりなのかは、

 まだ分からない。

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