第5話 支配者との面談
扉の向こうは、静かだった。
「どうぞ」
通された部屋は簡素で、無駄がない。
机と椅子、壁際に並ぶ書類棚。
装飾らしい装飾はなく、実務のためだけに作られた空間だった。
机の向こうに立っていたのは、一人の女だった。
年齢は二十代後半から三十前後。
派手さはないが、姿勢と視線に無駄がない。
こちらを見る目は、好奇でも敵意でもなく――評価のそれだった。
「勇者様ですね」
肩書きだけを確認する声音。
「ああ」
それ以上、言葉は交わされない。
女は椅子に座り、手元の書類を一枚閉じた。
「この村の代表として対応します。
ご用件を」
単刀直入だった。
「王都からの要請だ。
この村が命令に従っていない理由を確認し、
是正する」
女は、わずかに頷く。
「理由は単純です。
命令が、この村の存続に不利だから」
「不利、というのは?」
「税率、徴収方法、人員提供。
どれも、ここでは破綻する」
感情を交えず、事実だけを並べる口調。
「王都は“全体の均衡”を重視している」
そう告げると、女は静かに言った。
「均衡は、場所ごとに違います」
否定ではない。
修正だ。
「ここでは、中央の決定をそのまま適用すると、
三年以内に人口が減少する」
「……予測か?」
「計算です」
即答だった。
「勇者様は、正義を示しに来たのでしょう?」
そう言われ、言葉に詰まる。
「正義、というより……秩序だ」
「秩序のために、この村が壊れても?」
問いは淡々としている。
責める調子ではない。
「壊れる、とまでは――」
「壊れます」
女は言い切った。
「だから、私は従わない」
そこに迷いはなかった。
剣を持つ俺よりも、
彼女の言葉の方が、ずっと重く感じられる。
「あなたがここに来たことで、
次の段階が用意されているのも理解しています」
「……兵を出す、という話か」
「はい」
女は肯定した。
「それでも、私の判断は変わりません」
俺は息を吐いた。
「話し合いで解決するつもりは?」
「しています。今が、その場です」
そう言われて、気づく。
これは拒絶ではない。
結論を出した上での説明だ。
「勇者様」
女は、初めて俺の目をまっすぐ見た。
「あなたは、剣を振るうことが仕事でしょう。
ですが、結果の責任は、あなたが取れますか?」
答えられなかった。
前世でも、同じだった。
決める人間ではなく、
決まったことを実行する側。
「私は、取ります」
女は言った。
「この村の結果は、すべて私が引き受ける」
その言葉に、胸の奥がざらつく。
どこかで聞いた言い回し。
どこかで見た判断の仕方。
だが、思い出そうとすると、
記憶の手前で霧がかかる。
「……名前を聞いても?」
そう尋ねると、女は一瞬だけ間を置いた。
「テファニアです」
ただの名前として、告げられた。
「テファニア……」
繰り返しても、
まだ、何も結びつかない。
「今日は、ここまでにしましょう」
彼女は立ち上がり、そう締めくくった。
「あなたは正義を持ち帰り、
私は結果を守る」
役割分担の宣言。
部屋を出る直前、
なぜか、強い違和感だけが残った。
――この人は、
俺が何も選ばないことを、
最初から織り込んで話している。
それが、なぜか分からないまま、
扉は閉じられた。
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