第4話 支配の輪郭
馬車は静かに進んでいた。
車輪の音は規則正しく、揺れも少ない。
勇者を運ぶにふさわしいよう、過剰なまでに整えられている。
同乗者はいない。
護衛は外側にいるらしく、時折、鎧の擦れる音だけが聞こえた。
窓から見える景色は、豊かだった。
畑は手入れが行き届き、道に無駄な雑草もない。
――魔王の脅威が迫る世界、という説明とは食い違う。
「……平和、だよな」
呟いても、返事はない。
途中、休憩のため小さな宿場に立ち寄った。
勇者だと名乗る前に、店主が頭を下げる。
「ご苦労さまです」
その態度に、疑問を覚えた。
「ここは……問題の村の近くか?」
店主は、一瞬だけ言葉に詰まった。
「ええ、まあ……近いといえば、近いです」
曖昧な返答。
恐れている様子はない。
「村は、荒れているか?」
そう尋ねると、店主は苦笑した。
「いえ。逆です」
逆。
「税も安くなりましたし、治安も良い。
正直、羨ましいくらいで」
言葉を選びながら話しているのが分かる。
「……それでも、問題だと?」
店主は、声を潜めた。
「王都の言う“正しさ”から外れている、ということでしょう」
なるほど、と心の中で頷く。
俺は正義を運ぶ存在だ。
だが、その正義が、誰の利益になるかは別の話だ。
再び馬車に揺られ、村が見えてきた。
木柵も、見張りもない。
だが、無秩序さは感じられない。
人々は落ち着いた足取りで行き交い、
互いに声をかけ合い、必要以上に干渉しない。
誰かの指示で動いている、というより、
仕組みが出来上がっている印象だった。
「支配、というより……管理、か」
村の中心には、少し大きな建物があった。
役場のような造りだ。
そこへ向かう途中、護衛の一人が言った。
「勇者様。あの方に会えば、話は早いでしょう」
「あの方?」
「村をまとめている女性です」
女性。
胸の奥で、嫌な予感がかすめた。
「名前は?」
護衛は、少しだけ間を置いた。
「……テファニア様、と」
その瞬間、
世界の音が、すっと遠のいた。
あり得ない、と頭では思う。
だが、否定する材料がどこにもない。
前世の記憶が、嫌でも蘇る。
合理的で、感情を切り捨て、
正しさよりも結果を選ぶ女。
俺が何も選ばない間に、
すべてを決めていった人間。
「……そうか」
声が、自分でも驚くほど落ち着いていた。
馬車を降り、村の中心へ向かう。
正義を背負った勇者と、
合理で村を動かす支配者。
かつて夫婦だった二人が、
再び同じ場所に立つ。
それが偶然だとは、
もう思えなかった。
扉の前で、足を止める。
この先で、
俺は初めて“選ばされていない選択”を
迫られるのかもしれない。
深く息を吸い、
俺は扉を叩いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます