第3話 最初の選択
勇者として目覚めてから、三日が経った。
その間、俺は何度も「説明」を受けた。
この世界の成り立ち。魔王。脅威。
勇者に与えられた使命。
どれも、どこか他人事だった。
用意された部屋。
決められた食事。
決められた時間割。
俺は勇者として扱われているが、
勇者として“考える余地”は与えられていない。
「準備は整っております」
神殿の奥、長い回廊を進んだ先で、例の年配の神官が言った。
「最初の試練です」
扉の向こうには、簡素な会議室があった。
円卓のような机。数人の神官と、武装した兵士たち。
その中央に、地図が広げられている。
「この村です」
神官が指し示したのは、王都から離れた小さな村だった。
「最近、勇者の到来を拒む動きが見られます。
領主の娘が、住民を扇動しているとの報告も」
娘、という言葉に引っかかりを覚える。
「支配、と言っていいでしょう」
別の神官が続けた。
「暴力はありません。
ですが、村人たちは彼女の指示に従い、王都の命令を無視している」
地図を見つめる。
小さな村。森に囲まれ、交易路からも外れている。
放っておけば、問題にならない規模だ。
「……それで、俺は何をすればいい?」
問いかけると、神官たちは一斉にこちらを見る。
「説得です」
即答だった。
「勇者様の名を示し、正義を説き、
村を本来あるべき秩序に戻していただきたい」
本来あるべき秩序。
その言葉に、微かな違和感が走る。
「拒否されたら?」
そう聞くと、神官は少しだけ間を置いた。
「段階的措置を取ります」
兵士たちの視線が、自然と腰の剣に落ちる。
つまり、そういうことだ。
「……選択肢は?」
沈黙。
神官は穏やかな声で言った。
「ありません。
勇者様が向かわれること自体が、答えです」
胸の奥が、静かに冷えた。
前世でも、こうだった。
「やるしかない」状況を積み重ね、
気づけば引き返せなくなっていた。
会議は、それ以上の議論もなく終わった。
俺の意見を待つ者はいなかった。
部屋を出ると、剣が手渡される。
「では、明朝出立を」
そう告げられ、すべてが決まった。
部屋に戻り、ベッドに腰掛ける。
窓の外は、静かな夜だった。
勇者としての力。
剣。
正義という名目。
どれも、俺のためにあるわけじゃない。
それでも――
「……行く、しかないよな」
呟いた言葉は、誰にも聞かれない。
だが、その瞬間、はっきりと分かった。
これは「選択」じゃない。
選ばされた結果を、受け入れるだけの行為だ。
そして向かう先は、
誰かが“静かに支配している”村。
その支配が、
正義によって壊されるべきものなのか。
まだ、俺には分からない。
ただ一つ確かなのは――
俺はまた、
自分の意志より先に、
役割に押し出されているということだった。
翌朝、馬車が用意されていた。
行き先は、
地図に示された、名もなき村。
そこに、
元妻がいるとも知らずに。
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