男の人

白川津 中々

◾️

 男の人が苦手だ。


 明確な理由はとくにない。生理的にというか、私という人間の根本にある部分が、男性に対して拒絶を示すのである。なにか、男特有の「らしさ」が、排水溝を通って鼻をかすめる臭いのようで、彼らの価値観や仕草が明確に受け付けられないのだ。


 しかし、そんな私にも奇跡的に、気になる人ができた。


河原かわはらさん、データ入力終わったのでスラックに投げときました。休憩行ってきます」


「あ、はい……」


「……なにか?」


「いえ、いってらっしゃい……」


「はい」


 添付データと一緒表示される間内まうちの文字。中途で入社してきた今年45歳のおじさん……歳のせいか、いつもくたびれていて生気がない。いや、前職で頑張ってきたのだろう。頑張りすぎて燃え尽きたような、そんな感じがする。


「45で契約社員とか恥ずかしくないのかな」


 男の人はみんなこぞってそんな陰口を叩く。どうしてそんなに優位に立ちたいのか私には分からない。威張れるような成果を出しているわけでもないのに。

 私は、そんな風に他者と比較して勝った負けたと騒ぐような人より、日陰でひっそり生きている人間の方が好ましく感じる。この偏愛は間内さんに対するもので、間内さんに好意を向けているという意味でもある。しかし、間内さんに女として見られる場面を想像すると、途端に……


「……嫌な気分」


 胸の中に蜘蛛の巣ができたみたいに不快で、堪らず外に出た。暖房で熱った体が風にさらされて緊張感がほぐれる。昼食にしよう。そんな風に歩いていると、歩いている間内さんを見つけた。


「間内さん!」


 思わず声をかけてしまった。


「あ、どうも」


 遠慮がちに会釈をする間内さんにときめく。やっぱり彼は違う。そうだ。食事がまだったら誘ってみよう。もっと話をしたい。もっと知りたい。そんな風に思った。けれど。


「……」


 雑に捲られたワイシャツに、シルバーの時計。露わとなった腕そのものが間内さんの男性の肉感を表していて、私は一瞬たじろいでしまった。


「……なにか?」


「あ、いえ。休憩中失礼いたしました。それでは」


 私は足早に、彼と距離をとりたくてその場を離れた。

 嫌な汗が背中を伝う。どうして、なんで腕まくりなんてしているんだろう。そんな勝手な考えが頭をグルグルと巡り、涙さえ出てきてしまう。間内さんは悪くないのに、私の都合なのに、彼を軽蔑して傷ついてしまっている自分が嫌になる。


「嫌だな。嫌だ、嫌だ」


 随分歩いて、呼吸が乱れているのに気づき足を止める。風が汗に当たり、心臓が鼓動して肺が伸縮している。


「気持ち悪いな」


 気持ち悪い。何に対して。


 そんな自問自答が頭に響く。

 食欲はもうなくなっていて、私はもう、そこで立っている事しかできなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

男の人 白川津 中々 @taka1212384

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画