episode/2:赤ずきん
赤ずきんは、幼い頃に恐ろしい“狼”に襲われました。
元々裕福な家庭で育った彼女は、高貴な身分が故に野盗に襲われたのです。
野盗共は、自らを「狼」と名乗っていました。
そんな赤ずきんの一家を襲った者達は、恐ろしいまでに手練れでした。雇っていたボディガードすら一切抵抗できず、その命を奪われました。
一夜にして、彼女の一家は血に染まりました。
大好きだった母が、身を隠す為にと少女に被せた外套。それは、元々灰色の外套でした。
いつしか、野盗は姿を消していました。
生き残ったのは、赤ずきんただ一人です。
懸命に家族の身体から流れる血液を止めようと、体を押さえました。
しかし、どれだけ抑えても、血液は止まりません。
ただ灰色の外套が、血液に染まっていくのみです。
結果として、彼女の他に生存者はいませんでした。
途方に暮れる彼女に手を差し伸べてくれたのは、“グリム同盟”と呼ばれる秘密組織でした。
“マザー”と呼ばれる女性は、血染めの外套を纏う少女を引き入れました。
彼女は“赤ずきん”として、人々を喰らおうとする“狼”共を滅ぼさんと誓ったのでした。
「ようこそ。“人工森林”へ。真っ赤なコートのお嬢さん」
貴族の証明ともいえる、純白のスーツに身を包んだ胡散臭い受付の男が、赤ずきんを迎え入れます。
まるで値踏みするような視線を受けながらも、赤ずきんは淡々とした表情を崩しませんでした。
「値段は」
「お嬢さんの身分を証明できるものであれば、なんでも」
受付の男は、どこか少女を見下したような表情を浮かべています。
「このような少女に立ち入る資格はない」と言っているようにも見えました。
ですが、赤ずきんは軽蔑の視線を受けても、怯むことはありません。
隠し持ったバスケットから、ひとつの“色”の付いたキャンディを取り出しました。
「これで」
「……ほう」
受付の男は、関心深く目を見開きました。
疑い深く、そのキャンディの包装をめくりました。
包装の中から現れたのは、これまた今となっては高価な存在である砂糖をふんだんに使った飴玉でした。
彼は未だ疑うように、口の中にひょいと飴玉を放り込みます。
まるで、高価なディナーでも満喫するように。
静かに目を閉じて、飴玉を舌で転がしました。
「……ふむ。これは正しく本物ですね。良いでしょう」
「ありがとう。お礼にもう1つあげるわ」
「これはこれは、ありがたい」
不遜な態度を受けたにもかかわらず、赤ずきんは眉ひとつ動かさずにキャンディをもう1つ男に手渡しました。
そんな赤ずきんが入っていくうしろ姿を見送りながら、受付の男は携帯端末を取り出しました。
「追え」
たった一言、端末に向かってそう言葉を発したのでした。
☆
人工森林というのは、かつて地球から逃げ込んだ人々が作り上げたものです。
地球の名残を忘れきれずに持ち込んだ苗木から、奇跡的に育ったものから作り上げた場所でした。
育った樹木から、再び苗木を取り出し、また育て。その歴史の積み重ねの中でようやく出来上がったのが人工森林です。
「私だって、久々に訪れたわ」
かつて、血の色も知らなかった頃の赤ずきんは人工森林へと何度も足を運びました。
ただ無邪気に鼻歌を歌い、くるくると踊りながら、自然を堪能する無邪気な少女でした。
ですが、今の彼女に楽しむ、という感情は存在しませんでした。
ただ任務の為、無表情で歩みを進めます。
灰色の世界とは大きく異なる、緑の世界の中。その中を進む、真紅の外套というのは大きく目立ちました。
人工森林の中に住まう、野盗にとっても。
「ようこそ、お嬢さん」
「何かしら」
赤ずきんへと声をかけたのは、1人の青年でした。
胡散臭い笑みを浮かべた青年が纏っていたのは、灰色の小汚い衣服でした。
それは上流階級のみ受け入れる人工森林には似つかわないほど、土埃を被っています。
青年を一瞥した赤ずきんは、興味ないと態度で表しました。
「あなたに興味はないわ」
「つれないお嬢さん。ぜひとも、私と一曲踊っていただきたい」
「いいえ。結構よ」
「まあまあ、そんなこと言わずに。すぐ済みますから」
まるで赤ずきんの話などロクに聞いていないようです。赤ずきんの顔つきに、徐々に苛立ちが滲んできました。
「私はあなた“達”に興味はないの」
「いいえ。私は1人ですが」
「隠れているのがバレバレよ。お仲間さん」
赤ずきんが淡々と告げると、青年は「ちっ」と小さく舌打ちしました。それから本性を現し、木々の合間に潜んでいた“お仲間”へと声を掛けます。
「やれ。この女を生かして帰すな」
「……誰の差し金かしら」
「それは言えないな」
呆れたようにため息をついた赤ずきんは、隠し持っていたバスケットに右手を突っ込みました。
無造作に漁ったバスケットの中から取り出したのは、一丁の回転式拳銃でした。
「悪く思わないことね」
彼女は、何のためらいもなく。
獲物を持って襲い掛かってきた野盗共に、鉛弾を叩き込んでいきました。
火薬が弾ける、真紅の火花が迸ります。
野盗の額から、真紅の血液が飛び散ります。
何度も、真紅が世界を染めました。
緑色が支配する人工森林を、真紅が彩ります。
それは、戦闘というには。
あまりにも、一方的でした。
「……」
赤ずきんは、再び回転式拳銃にロックを掛けて、バスケットの中に戻しました。
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